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「レイル myrail」1979年6月号に寺島京一さんによる「機関車史のうらばなし」という記事が掲載されており、6月号には第13回として、C56のバック運転について紹介されています。タイトルはこの回の副題です。
この記事によれば、C56の登場から間もない昭和11年に、小海線と七尾線で相次いでC56バック運転時の脱線事故が発生したということです。両方とも後進推進、つまり客車や貨車を先頭にした状態における脱線事故でした。事故時の速度は小海線が28-30km/h、七尾線は15km/hで、かなりの低速でした。
当時小海・七尾線を管轄していた名古屋鉄道局では、片開き分岐器の曲線をC56単機で(逆行?)通過させて、各位置の動輪フランジとレールとの接触状況を測定するという実験を行いました。実験には小海線の事故機C5626とC5623の2両を使用したそうです。
その結果、
・C56形は動輪の横遊間が少ない。(第1動輪で左右3.8mmに対し、第3動輪では、2.8mmしかなく、急曲線においては、動輪が競り上がりやすい)
・C56形は、横圧に対して軸重が軽い。
・急曲線、急勾配線区に使用したこと。
・推進運転に使用したこと。
以上4点を脱線の原因として考えられる、としています。
これらの実験結果をふまえて、C56形のテンダー前頭運転は、脱線の恐れがあるから、これを禁止することが必要で、特に後付補機に使用することは厳重に制限するよう結論づけています。
寺島さんは、当時の国鉄(鉄道省)は、この実験結果を受けてC56のバック運転をほぼ全面的に禁止したのではないかと推測されています。 そして、「従輪のない、軽量のテンダー機の悩みは、最後まで構造上の欠陥としてつきまとったのではないか」と結んでいます。
田駄雄作さんの書き込みにある「C56は脱線しやすいのであまりバック運転はしなかった〜」というのは、この実験結果に基づくものでしょうか。ただ、大井川鐵道や北びわこ号などでC56が脱線したという話は聞かないですね。JR(国鉄)線であれば、線路の状態が改良されていると思われますし、大鐵も戦前の簡易線に比べれば整備が行き届いているということになるのでしょうか。
前回の私の書き込みでは、国鉄時代のテンダー機バック運転は全て最高速度が35km/hに制限されていた、という解釈になってしまいますが、呉線のC62バック運転による旅客列車の映像記録を見ると、もっと速いように感じます。従輪のあるC62では、C56とは条件が異なるのでしょうが、実際の運用はどのようになっていたのか興味深いですね。
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