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学割の使用枚数については、中学〜大学まで年間10枚とされていました。中学高校時代は年間5枚にも及ばず、大学生になってからも10枚ぎりぎりいくかどうかというところでした。高校生の時、学割使用の理由を正直に「鉄道撮影旅行のため」と書いたところ、担任の先生から指導を受けて「社会見学のため」と書き直したことを覚えています。当時は「正直に書いたのに何でいけないのか!」などと反論したものですが、今になって思うと、学割発行がスムーズに行われるように配慮していただいたのかなと思います。
大学院(社会人院生として勤めながらの進学だったので、大学と連続していません。30歳すぎてからの進学です)でも年間10枚でしたが、大学の学生課に相談して特別に学割を発行してもらったことがあります。トータルで年間12枚発行してもらいました。もっとも駅窓口では、何度も不審な顔をされました。そりゃ30過ぎのおっさんがスーツ姿で現れて学割証を出すわけですから。とにかく貴重な経験をさせていただきました。
今思うと、どうして各学校では年間発行枚数が10枚と定められていたのか、不思議です。法的な裏付けか、何か理由があったのでしょうか。
窓口係員の「基礎学力」についても思い出を一つ。JR発足間もない頃に名古屋駅の旅行センターで、若い女性係員に対応してもらったことがあります。そのときは山陰方面へ出かけるために鳥取・浜村ミニ周遊券
を購入しようとしたのですが、当時のやりとりを再現すると…
私「鳥取ミニ周遊券、学割で一枚ください。」
係員「?東京ですか?」
私(聞き取りにくかったかな、と思いつつ)「鳥取ミニ周遊券です。」
係員「ええと、鳥取までの乗車券ですか?」
私「いえ、鳥取・浜村ミニ周遊券をください。」
係員「???」
私(持参していた時刻表の該当ページを開いて)「この鳥取・浜村ミニ周遊券です。」
係員「少々お待ちください。」(奥の方へ入ってしまう)
代わりに出てきたベテラン風の男性係員によって、周遊券は1分と待たずに発行してもらえました。
当時はJR発足間もない時期で、JR各社ともサービス向上をうたっていたこと、私自身も若僧だったので、「ミニ周遊券も知らない係員を応対させて、大丈夫なのか。」と思ったものです。
現在はコンピュータの発達などによって、このようなことはないであろうと思いますが、種々雑多の企画乗車券を扱わなければならない係員の方々には頭が下がります。
駄文を長々と失礼しました。
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