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>少数派の親分 立場を知り 自分の力ではとうてい治まらない事も知っていた様に感じてます。
御説、そう思います。楠木正成が特に注目を集めたのは幕末の尊王思想の頃以降からで、
特に太平洋戦争前には神格化されてました。ですが足利に対抗できる武士
集団では無かったです。明治以降に南朝に重きを置く史観の中で、天皇に
近かった存在として、全てを賭けて全て失った楠木正成は美化し易かったのでしょう。
同じ南朝でも、むしろ悲劇の武将は新田義貞だと思います。義貞公は尊氏
より源氏の嫡流に近い血筋ながら、辛酸を鎌倉幕府時代から舐めてきてました。
尊氏が官位を持ちながら義貞公は無官。 武士団は損得勘定で動きますが、
義貞公には勝っても恩賞を与える権限は自分に無く、後醍醐天皇は抽象論を
振りかざすだけですしね。かといって後醍醐天皇側の武士筆頭をまかされても
しがらみに囚われて自由に動けません。楠木正成は武家集団から外れた
アウトサイダーですから、暴れることはできても治める力の不足を内心
抱いていたのでしょう。ですから Mr.Yang さんの御説に納得です。
義貞公は敗戦の責の生贄にされて、気の毒です。
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