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東京堂出版からの、田中健次著【図解 日本音楽史】(¥2,600+税)です。
素晴らしい内容の書籍で、詳細はBlog『越天楽』http://blogs.dion.ne.jp/gagaku/
に記しましたので、どうぞ御高覧下さい。
<浮世蜻蛉 様 どうもです!
貴HPhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~tocchan/での「山名天王祭舞
楽」と「祖父江の虫送り」のUPを拝見させて頂きました! 見事な写真ばかりですネ。
「山名天王祭舞楽」は、舞殿の周囲を若衆が気勢を上げながら山車
を牽き回しますが、山車を舞を一緒に写すことはなかなか難しい
のを巧く纏められ、素晴らしいですね。若衆にまでレンズを向けて
撮影されてますが、舞と山車本体に気を取られていると、見逃し
がちですが、熱気の伝わってくる写真で表現されてますね。
BGMが入っていて、太鼓の親爺さんの声が懐かしかったです(笑)。
「祖父江の虫送り」はご一緒させて頂いた撮影ですので、浮世蜻蛉さん
がどのようなポジションで撮影されていたかも興味深かったです。
実盛人形が業火に焼かれて冥界に送られるシーンは、細かくUP
されており、スライドショーの特徴を生かしたUP法ですね。
(脚立に乗った私が入っており、すいません〜汗)。
ところで今後の撮影予定は、いかがですか?
平日ですが、8月1日の祇園の八朔などどうでしょうか?↓
http://www.photoland-aris.com/myanmar/near/n35/
当方、お盆休みが15〜17日だけなので、平日にもう1〜2日休め
れば、祇園にも出撃したいのですが。
<浮世蜻蛉様 どうもです!
昨日は遠方より、お疲れ様でした。お会いできて嬉しかったです。
>往復7時間かけて30分の行事を観る、考えてみればずいぶん
>贅沢な遊びですよね。
まったくです。しかし遠方から来ていただいて、満足頂き良かったです。
現地でも、そして拙Blogにも書きましたように、実盛人形が出る
という虫送り行事では、ほんとうにオーソドックスな古い型を
保った虫送りだと思いますョ、祖父江のは。実盛人形は怨霊の
依代で、このような内容は、例えば雛祭りの雛人形そして普通に
現在でも神社のお祓いで用いられる人形(ひとがた)にも相通じる
スタイルの呪具ということになります。
虫送りは民俗宗教行事で、初夏に稲の生育に関連した民の祈りの
世界ですから、興味深いのもがあります。ちなみに伊勢神宮では
夏には雨風穏やかで稲の生育が順調であるように、風日祈祭とい
う祭典があり相当するでしょう。
>これから床屋に行って、夕方は山名山王祭に行ってきます。
おおっ!床屋でミソギですかっ(笑)。きっと山名天王祭では
良い写真が撮れますョ!それにしてもD3と新レンズ、ズッシリと
すごい迫力で驚きました。
<浮世蜻蛉様 どうもです!
Blogの「矢田の虫送り」をご覧下さり、ありがとうございました。
キャプションにも書きましたように、実盛人形が出る「ウンカ送り」
と松明の「虫送り」が別々にやるのは最近のことではないかと、
思いましたが、資料は残ってないようですが、昔からだとのことです。
資料の有無は民俗行事ではあてになりませんから、言い伝えを半ば
信じるしかありません。昔から分けていたのは、何故か?想像だけ
でBlogのキャプションは書きました。
実盛人形については、↓のキャプションに記してあります。
http://www.photoland-aris.com/myanmar/near/n34/
>ISO3200、1/5秒f5で、もしかして手持ちですか?!?
「虫送り」って結構暗いですからブレ易いので、一脚を使ってます。
>ところで7月、いよいよ近江八幡浅小井町の松明祭りが
本日の曳山がメインとなるので、宵宮の松明奉火はあっさりと終
わるかもしれませんね。私は宵宮に行く予定でいますので、お会いできましたら嬉しいです。
>8月は西音馬内の盆踊り!ですが、新幹線も飛行機も宿も
浮世蜻蛉さん、前々から魅かれてらっしゃるようですもんね。
現地の宿は、一年前から予約で埋まってしまうらしいですから、
レンタカーでも借りて車中泊か、近隣まで宿の範囲を広げるしか
ないかもしれませんね。
私の8月は「山鹿燈籠まつり」を撮影に行こうと思って、飛行機
などの予約を完了してます。山鹿市で宿を探したのですが、ビジ
ネスホテルでも個人一人では泊まらせてくれないので、熊本空港
近くのホテルからレンタカーで通うことになります。
>10月末〜11月3日の佐賀県の
秋ですか、、、マイルが溜まれば無料航空券Getで、椎葉神楽に
行きたいのですが、、。こちらは未定です。
ともあれ、撮影予定を考えるのは楽しいですね♪
浮世蜻蛉さんUPの島祇園祭、直会を「おひまち」というのですね?
講に関連したような呼び方ですね。
______________________
<青蛉返様 どうもです!
昨日は突然にお邪魔して驚かせ、すいませんでした。お目にかかったら
私から挨拶しようと思いながらも、不意打ち喰らいました(笑)。
昨日の演奏会、驚いた点が二つ。
まず、小学生低学年の子が楽筝や笙を演奏されていたこと。私なん
ぞは古典譜を見ただけで引いてしまうのですが、小さい子は容易く
違和感なく入っていけるのでしょうか、、。少年から壮年の人まで
一同に演奏されるのは、羨ましい限りでした。
驚いた点の二つ目。青蛉返さんが、釣鉦鼓まで演奏されていた点。
舞って神楽を歌って司会して、そして鉦鼓。青蛉返さんの技をもう
一つ発見しました。楽筝を演奏した子のように、小さい時から
やってらしたのでしょうね。
昨日の演奏会、楽しませて頂きました。
どうもありがとうございました!
「Nitta」さんにお越し頂けるとは思いませんでしたので、お顔を拝見したときはビックリしましたよ。
拙い演奏演技ですが、演奏者との距離が近いのだけが自慢です??
次回もぜひお越し下さい。
お待ちしています。
<浮世蜻蛉 様 どうもです!
>島祇園祭では、神事の厳粛さもさることながら
>村人の歓迎に心打たれました。
浮世蜻蛉さんのUPされたお写真からも、和気あいあいとした歓迎の雰囲気が
伝わってきました。たいへん嬉しくありがたいことですね。祭りが観光
として扱われるようになる前って、おそらくそのような雰囲気だ
ったのでしょう。今では有名な祭りやお神楽は、殆どが地元民よ
り外来者ですから、観光化してますよね。外来者が多くなること
で、内容まで外来者対策してくることがありますし。某お神楽では、
外来者が見やすいように演目の順番を変更したりもありましたから。
>HPを見ると最低でも半年購読みたいですね
月刊「嵯峨」ですが、メールで連絡されますと一冊でも郵便振込
用紙同封で送っていただけます。もし宜しければ、どうぞご利用
下さい。
____________________________
《皆様へ;予告になりますが》
来月中旬〜下旬に、拙写真が7枚使われる書籍が出版されます。
また出版されましたら、詳細を御案内します。
この書籍は、楽天・Amazon等でも入手可能となります。
島祇園祭では、神事の厳粛さもさることながら
村人の歓迎に心打たれました。
<浮世蜻蛉様 UPを御高覧、ご感想どうもありがとうございます!
御湯式の湯立の真下には、斎田の畦に待機している早乙女さんが
居ますからね。湯立の湯を被る早乙女さんは大量に浴びたはずです(笑)。
きっとこの一年、無病息災でしょう♪
>月刊「嵯峨」も買わないと・・・。
関心持っていただきまして、どうもです。通販だけになりますが、
HPを見たらまだ7月号はUPされていません。毎月1日発売というこ
とですが、7月号の希望で連絡頂くと入手可能なはずです。
http://www.sagagoryu.gr.jp/monthly/index.html
それより、、、浮世蜻蛉さんの島祇園祭の写真UP、拝見させて
頂きましたョ。夜神楽に翌日の祭典と、魅力的な村の祭礼ですね。
僅かな戸数の村で、総出で夜神楽や直会を楽しんでらっしゃる
様子が窺い知れました。そして厳粛な祭典。祭典における青垣山
と称する祭壇。魅力的です!陰陽五行の御幣にはゾクゾクします(笑)。
水の神への祭礼と祇園の疫神流しが混ざった雰囲気を感じました。
<関西−D.W様 どうもです!
>私にとって、カイバル峠を行く蒸機が一番印象に残っています
私はパキスタンへは、マラクワルへ行ったのが唯一となりました。
カイバル峠はK氏に誘われましたが、既にミャンマーに特化して
いた時期なので同行しませんでした。今考えると惜しいことをし
ました。カイバル峠は関西−D.Wさんらが行かれた頃が一番平穏
だったかもしれませんね。当時でもパキスタン軍の兵士が警護に
付いてましたでしょ。今ではトライバルエリアですから、タリバン
勢力下に近いから無茶苦茶に危険地域ですし。海外って、行ける
時に行かないといけませんね。つくづくそう思います。ミャンマー
だって、マダウ線やニャグハシ線の定期が走っていた頃が一番良かったですね。
今行ってもミャンマー国鉄の公式撮影許可書は出ないでしょうし。
ミャンマーで関西−D.W さんらと共に機関車をチャーターし
て、もう10年ですね。光陰矢の如し!です。
>最近私の近況は、Mr.のお住まいの近くを走る「赤い電車」を撮影しています
貴殿のご活躍は、RM誌の写真でも拝見しています。自分が撮影
した写真が本に採用される、、、撮影者冥利に尽きますね!
<浮世蜻蛉 様 どうもです!
>近江八幡市教育委員会発行の「近江八幡の火祭り行事」
>価格的にはちょっと痛かったですが、値段だけのことはありますね
この値段ですから、よほど行ってみようというお気持ちの方にし
かお薦めできない本です。でも近江八幡市内の火祭行事について
本当によく調べてあります。地方民俗芸能や祭でも、まとめた書籍
が出ていない方が多いのに、この内容は驚きですよね。文章、図、
写真に表、、、書籍ならではの充実した内容です。
私も来年、左義長から松明と近江八幡市通いしそうですから、ど
こかでお会いできそうですね。
<HotCake様 どうも初めまして!
>2回にわかれてはいますが、熱田の太々神楽のほぼ全曲(注連縄だけ見当たりません)
熱田宮で行われていた太々神楽は、式正・奉幣舞・鳥居舞・木綿神垂舞・
矛舞・日陰舞・鬘舞・鈴竹舞・火処舞・真舟舞・神掛舞・笑楽舞・
面白舞・注連舞・湯舞ですね。
真清田神社さんではご指摘のようにほぼ全曲が舞われるなど、か
つての姿を今に残す貴重な伝承例かもしれません。熱田宮さんで
は韓神舞と大和舞も同時に舞われていたようですが、真清田神社
さんでは今でも其駒が舞われるなど、雅楽系の舞も行われ熱田宮
さんが源流であるなら、失われた熱田宮宮流神楽のルーツが残って
いると云えるかもしれませんね。真清田神社さんでは、江戸時代
後期に既に太々神楽が舞われていたようなので、熱田宮さんから
伝わった、あるいは同時頃に始まったのかもしれませんね。
ただ、現在はお正月と秋に二回に分けて奉奏されていますが、この
スタイルでの演奏は近年の変更のようです。真清田神社さんで頂いた
資料に、あるいは詳細が分かるかもしれない文献名が記載されて
います。野田福三編『神楽始祭及び太々神楽』(真清伶人会、昭和50年刊)、
河村秀頴(ひでかむ)著『続楽寿筆叢』です。私は未だ目を通して
おりませんが、研究なさってらっしゃるHotCakeさまでしたら、
お役に立つかもしれませんので、ご周知の本かもしれませんが、
失礼ながら記載させていただきました。
HotCakeさまのHPを拝見させていただきました。氷上姉子神社さん
と真清田神社さんの太々神楽には、何らかの関連があることは判って
いたのですが、それ以外にも尾張や三河西部にはずいぶん多くの
宮流神楽(というのですね)が伝承されており、驚きました。また、
HotCakeさまの探求と調査に感服いたしました。
里神楽や民俗芸能に祭礼を撮影していますと、やはり最近では明治維新の
ときの改変と太平洋戦争後の意識変化が、大きな変化の波として
存在します。特にその明治維新で熱田宮から離れた神楽座の人たち
が尾張三河西部に伝え、そして消滅しそうになった時期が上記と
一致するわけですが、HotCakeさまが伝承されてらっしゃる宮流神楽
はオリジナル音源が残存していた大変にありがたい稀有な例では
ないでしょうか。
では、今回のお立ち寄り、どうもありがとうございました!
熱田の太々神楽を研究しているのですが、一宮でこのようにほぼ全曲が演じられているとは知りませんでした。
張州雑誌(1770〜1778)の記載、熱田・笠寺の古い資料、常滑の古い資料などと比較してみると、2回にわかれてはいますが、熱田の太々神楽のほぼ全曲(注連縄だけ見当たりません)が、演奏されているようですね。
熱田・笠寺系では、大高の氷上姉子神社と岐阜県付知の護山神社、常滑系は常滑神明社、多屋海椙神社、榎戸神明社、小倉天満社、小鈴谷白山社で、それぞれ太々神楽が行われていますが、7〜9曲程度で、全曲やっているところはありません。真清田神社という新しい系列の研究対象が増えて、とってもうれしいです。
演じられているもの自体は、いずれの神社も似たようなものなのですが、お囃子の笛が、熱田・笠寺系は能管、常滑系は龍笛と違っており、曲もまったく異なります。真清田神社はどちらに近いのでしょうね。早く聞いてみたいです。
ところで、No.4865の八橋かきつばたですが、私はそこで朝から晩まで神楽の演奏をやっておりました。また、どこかでお会いできるかもしれませんね。
<朴宏哉様 HPをご覧下さり、どうもありがとうございます!
>日本の地方にある神楽や舞い
おっしゃる通り、お神楽(里神楽)は劇場やテレビでさえも簡単
に見れるとは言えませんので、よほど場所と日にちを探して行か
ないと見えませんよね。演劇などが何日間も同じ内容で続けて上演
されるのと違って、お神楽は神社の祭礼に属するので、基本的に
は一日か二日間だけという形ですね。
面白いことに現在そして過去(お神楽が盛んだった江戸時代)で
もそうでしょうが、お神楽が残っている場所は山村漁村が多いの
です。都市部には少ないです。
農業漁業の収穫物を産する場所に多く、消費がメインの場所には少ない
のはお神楽の特徴ですね。消費する大都市には、それはそれで違う
文化が開花していたのでしょう。山村漁村にお神楽が多かったの
はその地の祈願性だけでなく、年に一回のハレやかな娯楽の日で
もあったわけです。だからお神楽は、その土地土地の地域性を吸収
してどのお神楽も素晴らしい舞を今に伝えてくれてます。逆に言えば、
そんな場所で行われているからこそ、実際に見れる機会は少ない
かもしれませんね。
私のお神楽の写真を見てくださり、ほんとにありがとうございます。
いつか実演が見えるとイイですね。
今から出かけますので、貴HPの更新は帰宅したらゆっくり拝見させて頂きます。
>「史跡八橋かきつばた」を見に行こうかと思っています
そうですか。昨夜のニュースでも映像が出てましたが、ちょうど
杜若は見ごろのようですね。さぞかし美しいことでしょう。
私はまだ訪れたことがありません。能【杜若】の所縁の地ですから、
いつか行きたいと思っているのですが。
「唐衣着つつ馴れにし妻しあらばはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」
という在原業平の歌に、「かきつばた」のワードが隠されています。風雅ですよね。
業平を追っ掛けてきて思い遂げられず頓死した杜若姫の供養等も
参詣してみたいのですが。それは宝篋印塔ですが隅飾突起が欠落
しているようで、石造美術としては残念なんですが。
見所たっぷりでしょうから、ぜひ楽しんできて下さいネ。
さて、さる@なびHPにて、4月29日に行われました、真清田神社さんの「舞楽神事」の内容を追記しました。
昨日に更新したつもりでしたが…写真だけアップロードして、肝心のHTMLファイルをアップロードしていない
ことに、先ほど気が付きました(笑) Nittaさんの記事も楽しみにしていますね♪(^-^)
<浮世蜻蛉様 どうもです!
「篠田の花火」UPのお知らせ、どうもありがとうございました!
さっそく拝見させて頂きました。和火の美味しい部分のドアップ
写真には、息を呑みました。笠松明で隠れたのかもしれませんが、
紫式部の部分をアップにすることで、和火の細部の表情や美しさ
がクローズアップされて、かえって良かったのではないでしょうか。素晴らしいです!
それと私の場所からは見えなかった洋火のナマズや笠松明の移動
の写真など、興味深く拝見させて頂きました。
私の方のUPは、もう少々お待ちくださいネ。
>7月にもあるんですねー。
火祭っていいますと、ドント焼き(左義長)や御盆の迎え火とか
思いつきますが、近江八幡市では春祭りにも夏祭りにも松明が出
るのです。もっとも夏祭りは祇園祭の関連の一社ですが。それに
しても松明が春に限定していないのが、松明の目的が祭礼の何か
に特化していない特徴を表しているのではないでしょうか。つまり
歳徳神を送るとか、祖霊を迎えるとかいう意味でです。
>開催日程を紹介しているページなどはないのでしょうかねぇ
近江八幡市観光協会のHPでは、日牟禮八幡宮での火祭、左義長祭
に篠田の花火だけがUPされていますね。
最近、私がUPしている松明行事は集落の祭礼なので、観光協会が
日程を把握していないからでしょう。集落において祭礼日が都合
で変わったりしますし。それよりも日程がUPされない原因の一つ
は、祭礼形式の複雑さでしょうか。友定町http://www.photoland-aris.com/myanmar/oumi/4/
のキャプションでも書きましたように、一つの祭礼に幾つかの
集落が関わって郷祭りをしながら、その集落が相互に行き来して
祭を個別に行ったりするという複雑さです。郷の大祭から各集落
の小祭まで入れると、その数は近江八幡市内だけで57にもなります。
その57がそれぞれ郷において祭礼日を決めているので、把握して
のHPへのUPは難しいということではないでしょうか。
<浮世蜻蛉様 どうもです!
>白っぽいベスト着て脚立に座ってるのがそうですよね
図星です(笑)。ベストは、カメラマン・ベストです。昔買った
ままで着ていなかったのですが、最近タンスの奥から見つけたの
で着るようになりました。カメラ・バックを持ち歩かずに、ベスト
のポケットにカメラ関係からメモ帳にペットボトルまで押し込んで
着ています。ただ、ポケットが多すぎてレンズ・キャップをどこ
にしまったか、いつも探すのが大変です(汗)。ポケットが16も有りますから。
入れる場所を決めておけばいいのですが(滝汗)。
>和火はやっぱり三脚必要みたいですね
ですね。私は手ぶれ補正レンズで、念のために一脚を持参しまし
たが、やはりシャッター速度が1秒ともなると5枚のうち3枚はブレ
ていました(涙)。もっとも和火はチロチロと燃焼しますから、
1秒のシャッター速度ではカメラはブレていなくとも画像として
はシャープネスに欠けるかもしれませんよね。
最近の私は、「もぇ〜〜〜♪」です。萌えぇ〜ではなく、燃えぇ〜
ですが。いえ、「燃え萌えぇ〜〜」でしょうか(笑)。
今年の松明奉火行事は5月中にあと一回、そして7月に一回で終わりです。
あと暫く先ですが、近江八幡市には松明行事と同じように、1月に
はあちこちで左義長が行われるようです。これも炎を祭典です。
一番有名なのが日牟禮八幡宮での「左義長まつり」です。
これは元々の「日牟禮十三郷」に仲間入りできなかった八幡町の
商人住人が始めた大規模な祭礼が始まりのようです。
次はどこかで浮世蜻蛉さんにお会いしたいものです。
私の席はナマズのロケット花火の航路真下でしたので、
やはり保存会の方から、いつでも逃げれるようにしておいて
くれないと責任持てないからねーっ!と何度も何度もどなられました。
もっともナイアガラのほうで髪の毛が焦げました。少ないのに。
手筒花火は結構遠かったです。太鼓の社参も鳥居の外では音だけでした。
太鼓は大きさ以上に迫力ある音でしたね。舞阪や雄踏の大太鼓を
思い出しました。
和火はやっぱり三脚必要みたいですね。お水取りの松明のときも
流れ落ちる火の粉を撮るには三脚が、と思いましたが。
普段三脚を持ち歩かないので(家を出るときにトランクにさえ
入れないことが多いのです。山歩きで荷物をセーブするくせが
しみついてしまったのかも知れませんね)。
UPまだです。動き遅いです。
<浮世蜻蛉様 どうもです!
>写真を拝見すると正面
浮世蜻蛉さんがいらっしゃってたとは思いもよらぬため、驚きました!
南側鳥居の近くは、手筒花火がけっこう真近かで見れたのではな
いでしょうか。それと手振松明の先導で太鼓が各小路(※)から神社へ
社参するのも見れたかもしれませんが、どうでしたか?
私のポジションからは和火は真正面ですが、鳥居外での花火は諦めました。
真正面はイイのですが、綱火(ロケット花火)の真下でしたから、
さんざん保存会の人に脅かされました。火の粉が降ってくるから、
避難して下さいって。実際、鳥居真横の洋火のナマズに点火する
ロケット花火は逆走してきて、参拝者の真上でさかんに火の粉を
撒き散らし、ハラハラしました。
(※)上田町でも篠田神社の祭礼に関係されているのは、旧上田
の130戸くらいです。それら集落は四つに分かれていて、その単位を小路と云います。
桜井小路、東出小路、石橋小路、西出小路です。
>感度かなり上げても和火は暗かったので
和火は暗かったですね。私も感度をISO3200まで上げましたが、そ
れでもシャッター速度は1秒とかその程度(f5.6で)でしたね。
花火だから、もっと明るいと思ってました(汗)。でも、花火の
炸裂に続いての、しっとりとした和火。ほんとうに綺麗でした。
動と静の花火でしたね。
浮世蜻蛉さんのUPを、楽しみに待ってますョ!
写真を拝見すると正面ベストポジションみたいですね。
さすがですね。
午後6時半頃でしたので北側の堤の上はすでにダメで
南側の一番左端に場所を確保しました。
偶然となりに浜松から来た知人家族とばったり会って
びっくりしました。Nittaさんと会う確率のほうが
ずっと高いと思ってたんですがね。
ここならパネルを全部見渡せると思っていたら、
祭りが始まったら目の前に2本目の大松明がドーンと(泣)。
すべて手持ちで撮ったこともあり、感度かなり上げても和火は
暗かったので現像でできるだけ調整してみました。
まだアップしてませんが・・・。
それはともかく、風雅で幻想的ないい祭りですね。
ビジネスホテルに一泊して、翌日は近江八幡を散策しました。
あいにくの天気でしたが近江牛も含めて、
初めての近江八幡堪能しました。
<inoue様 どうもです!
>近々、カルチャースクールで話をすることになりました
>タタラ製鉄の実像とそこに祀られた中世・近世の神たち
記紀で八岐大蛇から出た剣は草薙剣と云われ、天叢雲剣の名は
後世の附会だとされてますよね。でも天叢雲剣の名前の方が実質
を表しているのではないでしょうか。玉鋼で作った剣をしばしば
村雲と称するらしいですが、これは蹈鞴師の棟梁を意味する村下
(ムラゲ)から“ムラ”がきていると読んだことがあります。
出雲を征服した大和が、東夷の征服に向かう日本武が使った剣は
出雲の蹈鞴で出来上がった玉鋼の剣の天叢雲剣。この名前の方が
神話を如実に表現しているように思います。
_________________
<青蛉返様 どうもです!
今回の舞楽神事では演奏される青蛉返さんのお顔を拝することが
できず、残念でした。諸事情がおありということですが、じっく
りと時期をお待ちになり、復活して下さい。復活時期の目途が立つ
のであられるから、焦らないで下さい。(私は以前、SARSでミャンマー
への渡航を自粛し、再訪問の目途が立たずに苛立ったことがあります。)
さて、今回の舞楽神事では祈祷殿長床での奉奏と伺ってましたの
で、熱田さんへ行ってから焦るということもなく、むしろ祈祷殿
に変更になったことで普段と違った写真がGetできました。
西楽所前にいつもなら置かれる大太鼓をからめた写真を多々撮影
することができ、あるいは貴重なシーンになったかと思ってます。
HPへは、、、少々お待ちくださいネ。UPしましたら、ぜひ御高覧下さい。
_________________
<ほあぐら様 どうもです!
>鎌倉期だけに限っても、八日市や日野を中心としておびただし
>い数の宝篋印塔が分布しているんです。
ほあぐらさんのHPを拝見しますと、本当に滋賀県には石造美術が
多々存在しているようですね。宝塔でも守口市や大津市にも多い
ようで、この地域で石造美術が開花していたことに驚きです。
鎌倉時代末期から室町時代初期ですと、倒幕の機運が盛り上がったり
全国的に南朝と北朝に分かれて何十年も戦乱が続いた時期です。
戦乱で荒んだ時期だから石造美術が開花したかというと、それだ
けではないと思いませんか。これだけ近江様式とも云われる石塔
ができるには、荒んでいたというより逆に、その発展を助けるよ
うな裕福さが感じられてなりません。どのような信仰心がバックグランド
にあったか分かりませんが、京都域外の近江での石造美術が発展
したことは、誠に驚きですね。
ほあぐら様の石造美術探訪に比べて、私の方こそ“超若葉マーク”
で、恥ずかしい限りです。石造美術の探訪は、なかなか大変です
よね。無住のお寺などですと、電話番号からナビに入力して行く
こともままならぬため、結局は現地で探すことになりますし。
探すような土地ですと、訊ねたくとも人も歩いてませんし。
一日に思ったほど多くは探訪できません。まとまった日数がとれ
れば、有意義でしょうね。
長緒神社のような例がひょっこり出てくることを思えば、恐るべし
近江!ですよね。
小生も以前から、近江の石造美術の質の高さには着目して
おりました。
Nitta さんが御覧になられた鏡山の宝篋印塔へは、小生は
未だ行っておりません。
また拙サイトに掲載したのは、北村美術館の旧妙真寺宝篋
印塔のものではなく、「鶴の塔」は高島市安曇川の旧満願寺
の跡地に残る“宝塔”です。
北村美術館も開館日に限りがありますし、庭内の石造美術
品は滅多に公開しません。これも小生は未見です。塔身四隅
にフクロウの彫刻が施された名品、見たいと念じています。
最明寺五重塔と北畑八幡さまの宝篋印塔は訪ねております
が、長緒神社の宝塔は知りませんでした。
合併後の市名が気に入りませんが、それはともかく、東近
江市だけでも善勝寺、日下吉、河曲神社、曹源寺、石塔寺、
吉善寺に宝塔の所在が確認されている、と小生のノートに記
録されています。曹源寺と石塔寺しかこの眼では見ておりま
せんが、長緒神社の名前は見当たりません。近江に広く分布
する一連の宝塔の範疇かとは思いますが、なかなか美しいで
すね。
小生はこのところ、近江の宝篋印塔にはまっています。鎌
倉期だけに限っても、八日市や日野を中心としておびただし
い数の宝篋印塔が分布しているんです。
小生も京都からの帰りなど、機会をみては訪ねるよう努力
はしているのですがなかなか思うようにいきません。
一度海外旅行なみに、近江15日間といった企画を組み、
石造美術を徹底的に探訪してみようか、などとも考えている
んです。
Nitta さんが本腰を入れて石造美術の本筋に目を向けてく
ださっている、というの何ともは嬉しいことです。
昨日から「舞楽神事」の様子を取り上げて頂いている
サイトやブログを探しては拝見させて頂いています。
先日の「真清田」さんに加え、昨日の「熱田」の様子が
「日本!」のコーナーにアップされるのを楽しみにしています。
また昨日(5/1)のBlogの説明コメントで、
「左舞」を「朱色」、
「右舞」を「緑色」、
に書き分けるとは心にくいですねぇ。
恐れ入りました。
●もののけ姫の深層へ
『もののけ姫』に描かれた中国地方のタタラ製鉄は優れた和鋼を
生み出しましたが、その業は神祭りと一体のものでした。このよ
うなタタラ製鉄の実像とそこに祀られた中世・近世の神たち、お
よびそれらの神と神楽との関係について明らかにします。
日時と内容
5月15日(木) 島根県出雲地方の菅谷たたら、石見地方のた
たらの跡をたどり、たたら製鉄について概観します。
29日(木) 金屋子神の祭文について。たたらの神が「死
人を好む」ということについて考えます。
6月12日(木) 大元神と石見のたたら、大元神楽について。
各午後1時30分〜3時
場所 永谷カルチャースクール銀座教室(東京都中央区銀座7−
17−13銀座永谷ビル)
講師 井上隆弘(民俗学研究家)
受講料 全3回9,900円(1回受講は3500円)
申し込み先 永谷商事(株)事業部 電話0422−21−1796
<ほあぐら様 こちらこそ、どうもです!
>山深い辺鄙な場所なのですが、この神社には立派な能舞台
>があり、この日は世阿弥作と伝えられる「屋島」が奉納されました。
大和天川村の天河神社には、立派な能舞台があるようですね。参詣
された日に、お能の奉納があったとは、誠に幸運でしたね。
拝見されました能【屋島】は、【箙】【田村】と並んで“勝修羅”
と云われる、どちらかというと威勢のいい曲です。多くのお能が
生前の罪に地獄へ落ちて呵責に苦しむ苦悩の姿を舞うのに、その
苦悩よりも合戦での闘争心が前面に出た能なので、“勝修羅”と
云われているのです。とは云っても、弓矢を流した失態を死して
なお後悔するあたり、根底には苦悩が横たわったいると思います
ので、他の能と本質的には変わらないと思います。
お能の曲は、喜びより苦悩の表現が多いですが、きっかけが掴め
ますと、鑑賞もし易くなります。
ところで私は最近、滋賀県に撮影に行くことが多いのですが、
ほあぐらさんが貴HPでUPしていらっしゃいます、北村美術館蔵の
「鶴の塔」という宝篋印塔に類似した石塔が、竜王町の鏡山に有ります。
昨年末に撮影してきて、Blog【越天楽】の昨年12月30日にUPして
います。カテゴリーの「石造美術」にまだ整理して加えていませ
んが、もしお時間があります時に、ぜひ御高覧下さい。
「鶴の塔」のような繊細な優雅さはないし、欠落もありますが、
塔身部分の四隅には梟と思われる像があって、驚きの石塔です。
滋賀県って鎌倉期の石塔が多いのですね。やっと最近、きちんと
した石塔を見るようになってきました。
先般、西行の足跡を追いかける旅を友人夫妻と企画し、伊
勢〜吉野〜天野〜打田〜河南〜京都、と巡ってきました。
その途中、大和天川村の天河神社で春季大祭が行われ、神
事能が奉納されると聞き、行ってみました。
小生、能楽には疎いのですが、大峰本宮としての神社その
ものにも興味があったからなのでした。
山深い辺鄙な場所なのですが、この神社には立派な能舞台
があり、この日は世阿弥作と伝えられる「屋島」が奉納され
ました。
能楽に対する素養を持ち合わせぬ小生ですが、旅の僧が屋
島で義経の霊と遭遇するという、何とも幻想的な話がすっか
り気に入りました。
千駄ヶ谷の能楽堂の近くに住んでいるのですから、地の利
も生かし、能楽入門のきっかけとなるのでしょうか。
<青蛉返様 どうもです!
>お天気もよく、良い写真が撮れたことと思います。
夕刻の天気予報では25℃だと言ってましたが、車の温度計は28℃
でした。おそらく舞台の上はフライパンの上のような暑さだった
と思います。ご奉仕・奉奏されました巫女さん、舞人さんに楽人
さんもさぞかし暑かったことと思います。
私は最近、松明の火と煙に燻された夜間の撮影が多かったので、
やけに日中の光が眩しかったです。
青蛉返さんは、このGWに、二回ご奉仕されるのでしょうか?
明日はやはり、長床での舞いでしょうか?昼休みに、僅かでも行けたらと思ってます。
_______________
<Sige様 どうもです!
>昨日は去年ほど日差しも強くなかったので
確かにそうですね。しかし光の具合がコロコロと変わりまして、
一曲の舞の時間でさえも1/3くらいの露出の変化がさかんにあり
ました。リバーサル・フィルムで撮影しているかの如くに、露出
の変化には気を配り大変でした。
今夜の中日新聞には、東栄町の御園に「花まつりの館」が明日
オープンするという記事が載ってました。中部地方は伝統芸能の
宝庫ですが、そちらは全く関心無く、撮影されないのですか?民衆
がどのような心で神様(自然を含む)や生死に向かい合っていた
か、学ぶ事例が多い土地が中部地方ですョ。
昨日は去年ほど日差しも強くなかったので、舞姫さんたちの表情も心なしか、柔らかかったように感じました。
撮影した写真はまだ全部チェックできていないのですが、「さる@なび」へのアップロードに向け、いそいそと
作業中でございます(笑)
Nittaさんのページのアップロードも楽しみにしていますね(^-^)
「日本!」のコーナーでのアップを楽しみにしています。
<K.K様 ご覧下さり、どうもです。
>色鮮やかですね
小野小町は、地獄の閻魔宮の臣で現世と冥界を往復したという
小野篁の孫になるようです。しかも小町は雨乞いの巫女説も
あるようです。小町物の能では怨霊に憑かれたたりして、冥界に
は縁がある存在と思われていたのかもしれません。HPのキャプシ
ョンには多くは書きませんでしたが、現在の愛らしい踊りの背景
には、どのような世界があったのか知るのは無駄になりません。
桜こちら栃木も散り始めました。。。
<Sige様 どうもです!
>氷上姉子神社の太々神楽ですよね。
>どれくらい前に行っておいた方が良いでしょうか?
席があるわけでなく、境内で立って奉拝する形になります。
よって直前に行かれても、大丈夫です。ただ、撮影が目的で
アングルを選びたければ、10分前くらいには着かれた方が
よろしいかと思います。舞の最中には境内の玉砂利を踏む
足音がするので移動は慎むべきですから、アングルは事前に
決めておくのがベストでしょうね。舞は全七曲、そのうちの
「式正」という曲は最初と最後に同様に舞われますから、実際
は6曲です。奉奏時間は、のべ20分ほどで、一曲が1分くらいの
曲もあります。撮影チャンスは限られますので頑張って下さい。
一宮市の真清田神社さんに伝わる太々神楽とも共通性が有ります
から、この尾張地域のお社に伝わる太々神楽を考察するのもいい
かと思います。
私は、、、天気次第です。(注;氷上姉子神社さんの太々神楽は
雨天でも中止になりません)
<青蛉返様 どうもです!
腰ですね、50台になった途端に鮮烈なパンチをもらいました。
日ごろの運動不足で筋肉が衰えていたのでしょう。衰えとはいっても、
気持ちは20台ですからね(笑)。衰えなどと言っていたら、諸撮影地
で多くお会いする御高齢の諸先輩からお叱りを受けそうです(苦笑)。
カメラマン(汗)に腰痛や肩こりは職業病ですからね。アシスタントが居て欲しいなぁ(笑)。
直りかかりが大切です。
ご無理なさいませんよう。
そういえば、あちらは手を引かれたようですね。
<さぎ草様 UPをご覧下さり、ありがとうございます!
「御幣(オンベ)」を拝殿で振る儀式が、次回のUPで出ますョ。
禰宜さんがオンベを振ることで、オコナイを催行した人々を祝福
するのです。オンベは御神体の格好でありますから、ひょっとし
たら昔々には御幣に憑く神降しの儀式も有ったのかもしれませんね。
洗米が脳味噌ってんですから、穀霊と緊密な関係の儀礼だと思います。
「神の膳」も、仰るとおり、バランス十分な内容です。神様もお
喜びでしょう。「神の膳」の献饌ですが、今では午後10時から行
われています。が、以前は丑三つ時に行っていたそうです。
草木も眠る丑三つ時、、、午前2時半頃ですから、徹夜の神事だったんですね。
<さぎ草様 UPをご覧下さり、ありがとうございます!
>平安神宮の節分祭は、どことなくユーモアがありますね
平安時代の政務運営に関する事例を記した『政事要略(長保4、1002年編纂)』
という書物に、方相氏について書かれているようです。記された異形の姿
は、まさに平安神宮の方相氏に似ています。キャプションにも書きましたが、
陰陽師が(特に安陪晴明)操った式神に、その存在はダブります。
式神も晴明の妻が嫌がって一条戻り橋の陰に隠れているように命じ
られたとき、コソコソと隠れたあたりは、心優しきユーモアある
存在を連想します(笑)。ウルトラマンだってよ〜く見ると、
ユーモアある顔ですし、ベビーフェースは親しめる顔でなきゃダメ
なんでしょう(笑)。
<浮世蜻蛉様 Blogの「北びわこ号」をご覧下さり、どうもです!
「北びわこ号」の流し撮りは、オーソドックス過ぎました。ただ
仰るとおり、昨日写したの一回ですから、二本汽車が来るなら
違う流し撮りを狙ったでしょう。二本目は、「オコナイ」の最中
で写せませんでした。昨日は、米原発木之元着の下り列車のみの
二本が走ったのです。上りは回送だったようです。汽車のスピード
でその画角とシャッター速度は、失敗しにくい安全な流し撮りです。
>野沢温泉と一味違った迫力に圧倒されました
野沢温泉の道祖神祭りは浮世蜻蛉さんが綺麗で弩迫力ある多数の
写真で貴HPにUPされてますよね。以前拝見した時から行きたいと
思っているのですが、今年は平日ですし、またの機会を狙ってます。
野沢温泉の方は、貴HPによると一番松明が現れてから終わるまで
三時間くらいはあるようですね。それでも熱さと人ごみで浮世蜻蛉さん
のような素晴らしい写真を撮るのは容易なことではないと思います。
鳥羽の火祭りは、大松明に奉火されてから実質10分弱だと思います。
何も考えないでひたすらシャッターを押さないと、あっと言う間
に燃え尽きてしまいますよね。それでも火に飛び込んでいく猫に
は驚愕します。
>岩倉市の五条川に「のんぼり洗い」を見に
>取材でもない限り、めったにやらないとのことでした
取材で写した写真は、チャーターであることを明記して発表して
欲しいですよね。何の雑誌か新聞か分かりませんが、日常的でな
くなっているなら、チャーターであることを明記しないと不親切
な報道だと思います。チャーターであることを明記するならプロ
モデルの撮影会と同等で問題ないと思いますが、チャーターであ
ることを明記しないで日常的なことのように発表することは、「やらせ」
の一種として報道姿勢に問題があると思います。
せっかくわざわざ行かれても見れない人が出るのは、罪作りな取
材報道姿勢でしょうね。
昨日は鳥羽の火祭りを観に行ってきました。Nittaさんは昨年に
行かれてるんですね。野沢温泉と一味違った迫力に圧倒されました。
その前日に岩倉市の五条川に「のんぼり洗い」を見に
行ったのですが、近頃めっきり注文が減ってしまって
取材でもない限り、めったにやらないとのことでした。
13だか14日は取材があるので少ないけどやる、と
言ってましたが、今回はあきらめました。
雪も降ってきたし翌日の火祭りのこともあったので、
名古屋市内のグレイスインホテルに一泊しました。
雪のおかげで火祭りの準備作業が当日に持ち越しとなり
すずみを立てる作業もタイミングよく見ることが出来ました。
今日は蛭ヶ谷の田遊びを観に行くつもりだったのですが、
遅い昼食の回転寿司でついついビールを飲んでしまい、
危険運転回避のため牧之原行断念しました。
残念!というか自業自得というべきか。
<さぎ草様 どうもです!
>素朴な中に精神の高さが感じられます
そうですね!トップページ写真の勧請縄へのご感想、ありがとうございます。
私の写真が、というより勧請縄そのものの崇高さ故でしょう。私
はシャッターを切っただけですし、、。
たぶん、この崇高さは勧請縄を吊るされる人々の心の清浄さの表れ
だと思います。この清清しく神々しいまでの勧請縄には、ただならぬ
芸術性も伺われますよね。たぶん、この形は花なんでしょうか、、。
御幣が上に立ってますが、この勧請縄すべてが御幣のようにも思えます。
湖北や湖東地域の民間修正会・修二会の「オコナイ」では造花を
飾ることが多いですが、これは御幣が変形していった結果だと云われています。
トップページ写真の勧請縄も、そんなんで花をかたちどったモノ
かもしれません。緑の葉は、樒だと思います。神仏習合ですから、樒でもいいんです(汗)。
__________________
<青蛉返様 どうもです!
演奏会では大変お世話になりました。先方の皆様からも、喜んで
いただけたようでメールを頂いてます。青蛉返さんは謡って吹け
て舞って、しかも話せる伶人さんだと、つくづく感心しきりです!
私にまで狩衣、どうもでした!写真を見ても、完全に装束のオマ
ケ(粗悪品の)的な自分の顔です(笑)。
それはともかく、生で雅楽を聴くチャンスって珍しいことですか
ら、あの日の体験をいつの日にかフッと思い出してくれたなら、
嬉しいことですよね。ありがとうございました!
>今年に入ってからの撮影ペースは凄まじいですね
11月くらいの三遠南信の湯立神楽の時季から、3月上旬くらいまで
は撮影が多忙です。今月は湖北の「オコナイ」が多く有りますの
で、今週末も撮影で忙しいです。って何だかんだで年中、撮影ば
かりしてますけど(苦笑)。
昨日は節分、今日は立春。
今朝は冷え込みましたが日中は日差しも春めいて、自然の
自然らしさを感じました。
Nittaさんの今年に入ってからの撮影ペースは凄まじいですね。
ショットにも気合が感じられるような気がします。
ところで、あの日の○○姿、
アップの予定はありませんか??
楽しみにしているのですが(^^)b
本当に楽しかったです。
ありがとうございました。
<さぎ草様 UPをご覧下さり、どうもです!
>勝部の火まつり は、寒さの中を褌だけで気合が入りますね
この日、昼過ぎまで雨でしたが、雨が上がったら急に冷え込みました。
おそらく気温は3〜4℃でしょうけど、風があったので体感温度
はマイナスだったかも。でも風邪をひいたりしないそうで、やは
り気が張っているのでしょう。(神様の御加護かも)
>紅白の褌があります。二組に分かれていますが
紅白に分かれて争うというわけではないのです。白褌は中学生までで、
赤褌はそれ以上から成人までです。
大人に仲間入りすると赤褌になるのでしょうね。昔も祭りは民が
行っていたのですが、武士になる元服が15歳だから今でいう中学
生を境に褌の色が変わるのも、通過儀礼的な何かがあったのかも
しれません。
<Sige様 どうもです!
>本日、真澄田神社さんの節分に行ってきました。
BlogにUPしたように、私は京都へ行ってました。帰宅したら妻の
第一声が、「真清田神社さんの節分がニュースでやっていたョ」
でした。ううう、、、体が幾つ有っても足らんです(汗)。
陰陽師が操った方相氏という鬼(穢れ)を追う存在が、何時の間
にか悪鬼へと転化して行く過程から、種々の目に見える鬼が派生
していったのです。民俗芸能でも民俗宗教でも、結局は穢れを
祓って再生ということが大きなテーマになってますが、平安時代
の宮廷の「大儺之儀」というものは、私的には原点の一つかと思ってます。
再現とはいえ、平安神宮の「大儺之儀」をまだ奉拝・撮影したこ
とが無かったので、今回は京都へ行ってきました。あちこちで悪霊
や邪気を防塞し攘する民俗芸能などを撮影しているので、鬼祓い
の原点を見てみたかったのです。
<さぎ草様 UPを御高覧下さり、ありがとうございます!
>両方が同時進行で延年が進む。」とあります。美しい花笠です
>が、いまひとつ両者の絡みが理解できません。(^_^;)
現在において「花奪い」と「舞」が、どのように絡み合っている
かと申せば、全然関係有りません(汗)。
元は稚児がかぶっていた花笠を奪おうとして、稚児の首をへし折って
しまって以来、天井から吊るす花笠に江戸時代に変わったらしいです。
稚児の花笠を奪う・・・って、けっこう意味深だと思います。現在
も舞われる曲の『乱拍子』は、稚児が花を持って舞台を周回するだけです。
解説本には、稚児を賞美した時代の名残だと書いてありますが、
“乱拍子”とは即ち鑑賞している僧侶が床板を踏み鳴らして稚児
を囃し立てる音が“乱拍子”なんではないかと、勝手に思ってます。
能の【鞍馬天狗】も、鞍馬寺に預けられていた沙那王(牛若丸)
を山伏が恋慕する雰囲気がある衆道・男色の能と云われています。
ですがこの能のような物語だけでなく、実際に貴族や武士の間で
も成人男性が稚児を愛でる(異常)愛が普通に行われていた時代
の名残が、今の『長滝の延年』にも有ると思っています。かつて
稚児の花笠を奪った僧侶は、その稚児の“彼”になれる、、、だ
からこそ必死で花笠を奪おうとしたのかもしれません。『乱拍子』
で稚児が舞台を一枝の花を持って周回するのは、これは品評会的
だと感じました。こんなこと書くと、批判があるでしょうけどね(苦笑)。
<祭りの後で…様 どうもです!
昨年は休日ともなると家に居たことがありませんでした。反省(?)
から今年は少々おとなしくしていようと昨年暮れには思ったもの
でした。それが新年もカメラを持ったまま迎え、やっぱり今年も、、、
のような幕開けでした(苦笑)。祭りの後で…さんも新年からの
出撃で、良い一年になりそうですね(笑)。昨年はとても偶然と
は思えないほど、何回もお祭りで会いましたね。今年も、かくありたい
とお会いできるのを楽しみにしています。
>坂の上から駐車場の場所を聞かれて返事したのは私ですよ、気付いていましたか?
そっ、それはっ!初耳です(汗)。あの時はもう周りが真っ暗で、
駐車場へ降りる道さえ分からない状態でした。下で人の気配がし
たので尋ねたら答えてもらえて、本当に助かりました。それが祭りの後で…
さんだったとはっ!全然知りませんでした。申し訳ないっ。ありがとさんでした(笑)。
管理人さんも新年?(年末)から精力的に活動されていますね。
「志摩+奥美濃セット」を見る限りでは白鳥は雪で真っ白
だったようですね。昨年、行ったときはスタッドレス履いて
気合いれていったのに全く雪がない状態で拍子抜けした事を
思い出しました。
さて、線翔様への返信を少しお借りして…
>私が行ったのは一昨年ですが、駐車所への下り坂が雪道になって
>おり、怖かった思いがあります。
覚えていらっしゃるか分かりませんが、あのとき坂の上から駐車場の場所を聞かれて返事したのは私ですよ、気付いていましたか?
<浮世蜻蛉様 どうもです!
>島田の智満寺に「鬼払い」を観に行ってきました
そうですか!すごかったでしょ!真っ暗に本堂がなると、隣の人
の顔も分からないような闇になります。そして乱声、ガンガンと
頭の芯まで痺れてくるような中、鬼が登場するのは戦慄的ですよね。
昔の人って、ものすごい演出を考えたものです。宗教儀式も信者
に見て納得してもらえるようにするには、演出って重要だったの
でしょう。演出って云うと語弊があるかもしれませんが、ヨーロッパ
のオペラでも元は識字率が低かった民衆に布教策で考えられたの
ですから古今東西、演出手法って大切だったのでしょうね。
>ナビにまかせて車を進めたせいで
(笑)ナビは時々、とんでもない道案内をします。でも、ナビを
信じないで自分勝手に走ると、もっととんでもない事になります(汗)。
あのお寺への道は狭いですよね。本当にこの先にお寺があるか不安
いなるころ、やっと着きます(苦笑)。
>数年前にハイキングで行ったことがあったので
なぁ〜〜んだ、以前に走った処じゃないかって思い出すことありますよね。
私は島田市は大井川鉄道の蒸気機関車の撮影に20年も前に通っていた
頃、宿泊ベースにした街です。20年後に祭りで来るとは思っても
いませんでした。
_________________
<線翔様 あけましておめでとうございます!
>あの積雪の白鳥・長滝延年にも!
そういえば線翔さんは、この辺りも詳しいのですよね。東海北陸
自動車道沿線は、夏にも郡上踊りやらで通われてらっしゃるし。
今回、帰路の渋滞が嫌で、祭りが済んだらダイレクトに帰りまし
た。それでも郡上ICの北で、16時頃にもう2Kmほど渋滞しまし
た。帰省の集中する4日には30Kmの渋滞だったようですが、あの辺
は週末でも渋滞がお決まりになってしまってます。
>坂部は案外あたたかでした。久しぶりの三遠南信、楽しかったです
良かったですね。半野外の舞処ですから、寒いとキツイですから。
訪問されたご様子は、貴Blogでも拝読させて頂いてましたョ。
私が行ったのは一昨年ですが、駐車所への下り坂が雪道になって
おり、怖かった思いがあります。車の中で仮眠しましたが、明け方
にはマイナス10℃くらいに下がっており、寒くって目が覚めました(苦笑)。
わたくしは、4年ぶりに坂部の冬祭へ行っただけです…。早めに下伊那まで行けたので、ちょっと寄り道して,かぐらの湯や★野屋さんへ寄りました。若が「12月にnittaさんが寄ってくれました」と話してくれました。
坂部は案外あたたかでした。久しぶりの三遠南信、楽しかったです。
ナビにまかせて車を進めたせいで、
途中からえらく狭い山道に入ってしまい、
本当に到着できるのか不安になってしまいましたが
寺の駐車場のところでやっと本線と合流できました。
数年前にハイキングで行ったことがあったので
油断してましたが、昼と夜じゃあやっぱり違いますね(汗)。
<hakii様 あけましてお愛でとうございます!
今日は岐阜県の白鳥へ行って来ました。ぎふ大和ICから北へは
チェーン規制が出てましたが、路面に雪は無く、温かいほどでした。
この「六日祭 長滝の延年」をターゲットにスタッドレス・タイヤ
に替えていたのですが、実用というより通行手形的でした(むろん
チェックされる訳でないですが)。あとは関ヶ原越えで近江や京都
へ向かうときに、チェーン規制が出る天気になるかどうかです。
昨年はhakiiさんは雪中の素晴らしい写真で賞をGetされてますよね。
この冬も雪中撮影はされましたか?本年も宜しくです。
<青蛉返様 あげましておめでとうございます!
>お正月も何処かでカメラを構えてみえるんでしょうか
新年は真清田神社さんの拝殿内で迎えました。カメラを握ったま
まで新年になったのは、今年の我が身を象徴しているとイイなと
思います(苦笑)。
青蛉返さんは、新年の吹き始めをもう自宅でされたことと思います。
3、4日のご奉仕、笙を暖める火鉢が自ら恋しくなるような天気
ですから、体を冷やしすぎないように暖かくしてご奉仕下さいね。
本年も宜しくお願いいたします。
__________________
<浮世蜻蛉様 あけましておめでとうございます!
浮世蜻蛉さんにお会いした「寺野ひよんどり」から、もう一年に
なりますね。その後、一緒にカメラを並べる機会がありませんで
したが、本年はどこかでお会いできるといいですね。
お正月休みは撮影もそうですが、今年のカレンダーと行事日程を
照らし合わせて、何処へ行こうかと思い巡らすのも楽しいですよね。
浮世蜻蛉の次の撮影予定は何処ですか?
本年も宜しくお願いいたします。
2008年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
では、よいお年をお迎えください。
お正月も何処かでカメラを構えてみえるんでしょうか。
年末年始、とても冷え込むようです。
風邪など引かれませんよう、ご自愛下さいね。
私は3、4日がご奉仕当番です。
来年もよろしくお願い致します。
<浮世蜻蛉様 「御鎮座記念祭」をご覧下さり、どうもです!
>3枚目の感じが実際の暗さというと相当な暗さですね
この写真、ISO3200で絞りf2.8、シャッター速度は1/10秒です。
もう少し明るく写した写真では、同じISOと絞りでシャッター速度
が1/4秒です。明るく写すには動態ブレが増しますから、酷い条件
でしょ。実際に動態ブレを抑えるには、1/125秒は切りたいですが、
とてもそんな明るさではありませんでした。庭燎の薪の具合で露出
がコロコロ変わりますが、特に巫女舞の時は暗かったです(涙)。
この暗さ、野外ですと「新野の雪祭り」や「西浦田楽」それに
「蛭ヶ谷の田遊び」も同じように暗かったですが、電灯が一個も
無かったぶんだけ「御鎮座記念祭」は暗く感じました。
暗いですが、夜間の撮影は里神楽も御神楽もたまりませんネ。万に一つ
の確立でも、ヒットするとすごい雰囲気の写真になりますから。
>上押方のほうはほとんど地元高千穂か遠くても九州圏内のように
それは雰囲気良かったでしょう。現地の人の反応は、やはりツボ
に入ってます。一昨日撮影してきた伊勢大神楽は、90%が外来者
でしたが、僅かにいらっしゃった現地の人の反応は横から見てて
成る程と思いました。放下(曲芸)があるのですが、現地の人の
声援や冷やかし声のタイミングを、舞人さんも楽しみながら見物席
と声を掛け合い冗談言いながら進められるのです。ある意味、気
心知れた者同士的な和気あいあいとした雰囲気に現地の人が多いと
包まれます。おそらく浮世蜻蛉さんが行かれた上押方神楽もそう
だったのでしょうね。次には○○さんが舞う、とかそういうのが
集落共同体の同体意識なんでしょうからね。部外者として、その
ような気心知れた共同体にお邪魔すると、その雰囲気が羨ましく
感じる時があります。
読んでいるだけで薪の弾ける音が聞こえてきますね!
↓↓↓
>「篝火の炎で影も揺れ、薪の弾ける音だけが響く静寂の中、
>神楽歌が始まる、、、」
私は御鎮座記念祭を見学したことはありませんが、
御神楽のこういう雰囲気がたまりませんね。
見たり聞いたりするたびにやみつきになりそうです。
ところで高千穂夜神楽ですが、
観光夜神楽の見物客は、まさにNittaさんのおっしゃるとおり
直前に団体客がウワーッと押し寄せてきました。
上押方のほうはほとんど地元高千穂か遠くても九州圏内のように
見えました。内心ほっとしました。
同じ日に天岩戸神社のほうでもやってましたから
その影響もあるかも知れません。
<浮世蜻蛉様 どうもです!
>「鎌倉、亀ヶ谷切通し」拝見しました
Blogを御高覧下さり、ありがとうございます。鎌倉へ入る「七口」
には、いまでも追い剥ぎが出そうな鬱蒼とした山間隘路が残って
います。実際に航空写真などで見るとその山間も僅かで住宅地や
幹線大道路に出たりするのですが、僅かな区間でも鎌倉武士が往来
したであろう雰囲気が残されていることは貴重です。どうか無粋
な手摺や急坂に階段を付けたりしないで欲しいものです。
>高千穂の本編アップがやっと出来ました
ご案内、ありがとうございます。さっそく拝見させて頂きました。
観光神楽とはいえ、さすが神社の中だけあって凄いです。手力男
などを撮影するには、観光神楽も狙い目だと思いました。で、一番乗り
でしたか。団体旅行の九州周遊で高千穂に行くツアーなどでは観光
神楽拝観が含まれていることが多いですからね。宿でゆっくり夕食
を食べて、直前に観光客が入ってくるパターンでしょ?
高千穂峡、深みのあるイイ色を出してますね。
知覧も拝見させて頂きました。浮世蜻蛉さんの文を読んで、特攻兵
の手紙を想像すると、私も涙腺が緩みそうです。なんだかんだと
云いながら、今は一番平和な世の中です。少なくとも強制的に死
を突きつけられる世ではないのが、ありがたいことです。
___________________
<inoue様 どうもです!
>面の舞はもっと古くからあり、それが佐陀神能によ
>って整えられたと考えればいいのではないでしょうか
以前、拙掲示板でinoueさまとお話が出ました猿楽にしても、面
を用いた神社仏閣での呪師芸から始まっていることを思うと、ど
こからを「神楽」とするかというジャンルと時代の区切りという
ことになるのでしょうか。縄文時代末期の出土した面まで神楽に
属するようにしてしまったら、面舞の始まりって際限なく過去に
なってしまいますから。
確かに佐陀神能は、能のように前場と後場の構成になっているなど、
かなり洗練されて整えられた形式になってますもんね。
ところで、高千穂の本編アップがやっと出来ました!
<inoue様 どうもです!
>神楽においては「面の舞」は二次的なものだと
>いうことです、したがって伊勢神楽のような巫女舞を主とした神
>楽と面形の出てくる神楽を同列に論じることはできない
>今の遠山霜月祭は、本来特定の面が行うべき湯を撥ねる所
作を、どの面も行ったり
あっ、そうですよね。以前からのinoueさまのお教えによって、
承知しているつもりですが、あるいは拙書き込みでは相変わらず
混同したような文になっていたかもしれません。
ところで遠山史年表を見てましたら、元和2(1616)年に木沢の
八幡神社に「源王大神」と「正王大神(一宮)」そして婆の面が
奉納された記録があって、驚きました。面形は佐陀神能が禰宜さ
んが慶長年間(1596〜1615)に京の吉田神社の神事や大和猿楽を
学んで地元に帰り、「神能」で面形舞を始めたのが初期かと思って
ました。佐陀神能では寛永20(1643)年の銘のある面が残存して
いるようですから、木沢の面の奉納はかなり早い時期ですね。
木沢では面をどのようにその元和2年頃に用いていたか判りません
が、驚くほど古い記録年代ですよね。出雲流のようにストーリー
仕立ての神楽能の成立が佐陀神能が初期でも、面を用いた舞は古く
から有ったということなんでしょうね。(またまた違いますか?汗)
<浮世蜻蛉 様 どうもです!
高千穂夜神楽の写真更新のご案内を、どうもありがとうございました。
さっそく拝見させて頂き、楽しませて頂きました。「神迎え」か
らしっかり撮影されており、かなりの意気込みと感服いたしました。
まだまだ夜神楽も序の口ですね。これから本編のUPも、ぜひご案内
下さい。楽しみにしています。
だけど「神迎え」からですと、夜が長かったでしょう。仮眠はさ
れましたか?
観光神楽もなかなか雰囲気ありますね。写真で見ると、十分に神庭
の雰囲気があって神々しく見えますネ。
<ハマー様 どうもです!
>「ゆたて」は「湯立」と書き、古くから伝承されている曲だそうです
それはそれは、どうもです。現在、鎌倉周辺の三浦半島地域など
では「鎌倉神楽」と称して湯立を行う里神楽が有るようです。
それは元々は鶴岡八幡宮で行われていたという言い伝えですが、
それとは別に御神楽に組み込まれた「湯立」という曲が有るとい
うことが興味深いです。
>クリーニング代が・・と余計な心配をしてしまいます(笑)
ですね(笑)。でも巫女さんはムシロの上での舞でしたね。さす
がに四着のクリーニング代は大変(汗)。っていいますか、特に
意味があるのでしょうか、ムシロを敷く。装束は「浦安の舞」と
同じでしたよね。
<ハマー様 どうもです!
>湯立てという行事はかなり大事な意味がありそうですね
鎌倉時代の歌集である『金塊和歌集』には、三代将軍源実朝の歌
として、「里みこか御湯たて笹のそよそよに〜」というのが載って
いるようです。湯立の文献上の初見は、平安時代・貞観年間の『
儀式』薗韓神祭儀の条に見られるようですから、昔から行われて
いたようですね。
>室町時代頃に鶴岡八幡宮の湯湯治場として水を献上した記録
鎌倉は、「鎌倉名十井」とか「鎌倉五名水」とか云われるように
周囲が山に囲まれているので伏流水など名水が豊富だったようです。
なのにわざわざ千葉県から水を献上させたとは、なんか曰くありげですね。
>人長が歌の前後で庭燎の前に進み出るのは、セレモニーの区切りを示す動作
そうですか!事前に知っておれば、また見方が深まったように思います。
すると人長舞の舞人さんは、神楽祭の進行の重責をも担ってらっしゃったということなんですね。
「ゆたて」について、また判ったら教えて下さいネ。
(ハマーさんの書き込み、UPの時の参考にさせて下さいね)
参考まで、熊野清水(熊野神社)に関してですが
http://www.mikumano.net/ztiba/tyonan1.html
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