ドイツ語圏 (音楽・観光)
No.K-1-13 作曲家 リヒャルト・ワーグナー、ジークフリート対ドラゴン 2016年撮影
Nr.K-1-13 Der Komponist Richard Wagner, SIEGFRIED gegen Drache , Photo im Jahre 2016

■ ケーニッヒスヴィンター、ドラヒェンフェルス城址
  Königswinter , Ruine Drachenfels
  2016年4月29日撮影
  (ドラヒェ = ドラゴン = 竜)

★ワーグナー作曲 舞台祝祭劇【ニーベルンクの指環】第二夜『ジークフリート』 関連

ノルトライン=ヴェストファーレン州 ボン市の南東約12Kmに、ケーニッヒスヴィンターという町が有る。その背後に海抜321mの山上に、ドラヒェンフェルス城址がある。Drache (ドラヒェ=竜)Fels(フェルス=岩)で Drachenfels (ドラヒェンフェルス=竜の岩)という名前である。 城址とはいえ、建物の遺構は僅かしか残っていない。

なれどこの城址がリヒャルト・ワーグナー・ヲタとして注目に値するのは、ジークフリートが竜を退治した奇譚が残った地だからである。舞台祝祭劇『ニベルンクの指環』第二夜「ジークフリート」第二幕第二場で ジークフリートが霊剣ノートゥンクでラインの黄金を所有する大蛇ファーフナ―の心臓を貫き、退治する。

ただし『指環』においては場所の明記は無いのだが、伝承される奇譚やラインのほとりなど場所的なことから、所縁の場所と考えられる。ワーグナー自身がライン川のほとりに自ら専用の劇場を持ちたいと考えていたことや、ラインの辺りに住んだ経歴の存在などからも、ワーグナー周知の場所であったろうし、あるいは散策したこともある可能性の場所である。

ジークフリートは元々は中世ドイツの叙事詩『ニベルンゲンの歌(Nibelungenlied)』の第一部に登場する英雄である。第一部は英雄ジークフリートの、ブルグント族の王の妹クリームヒルトとの結婚と暗殺による死を、第二部はクリームヒルトの復讐とブルグント族の滅亡を描く大叙事詩であって、ワーグナーが素材に用いた。ジークフリートは7つの山々(Siebengebirge)のある洞窟に住む竜を退治する。そしてその時に竜の血を体に浴びて鋼鉄のような体、背中の一箇所を除いて、に変容した。

このような竜を退治する英雄話はドイツのみならず、我が日本においても散見される。須佐之男命の八岐大蛇の話、坂上田村麻呂将軍の岩殿山の大蛇退治の話などである。大蛇退治はメルヒェン話ではなく、殆どの場合は何かの比喩であることが多い。在地勢力との戦争による勝利であったり、大雨洪水による河川の氾濫を防ぐ治水工事の例えであったりする。相手が竜という異界の存在に立ち向かい勝利したことは、勝者側の価値を英雄あるいは神憑り存在まで押し上げる。

今回訪問したケーニッヒスヴィンターにおいても、そのような隠された過去が有っても不思議ではない。ちなみに現在遺構として残るドラヒェンフェルス城址は、1138〜1149年ころにケルン大司教アーノルト一世によって築城が始まったとされている。1176年に騎士ゴータルトが城代に任命されると、ゴータルト・フォン・ドラヒェンフェルスと名乗るようになり、ドラヒェンフェルス一族の祖となった。1618〜1648年には30年戦争に巻き込まれ、戦禍に荒れ果てるようになっていった。城跡は19世紀後半には観光地化され、麓から城址までのドラヒェンフェルス鉄道が1881年に敷設され、現在に至っている。

ワーグナー作曲『ジークフリート』のこと、、、1848年、まだドレスデン宮廷歌劇場の楽長だったころに、すでに素材となる『ニーベルンゲン神話』に関心を抱いていたようだ。翌年のドレスデン革命でスイスのチューリッヒに亡命時代の1852年、『ニーベルンクの指環』の台本を書き終えて友人たちに朗読している。ヴェーゼンドンク夫婦と知り合った頃だ。1854年には『ラインの黄金』の総譜が完成、『ヴァルキューレ』の総譜は1856年に完成した。しかし翌1857年に、『ジークフリート』の作曲を中断してしまう。マティルデとの交際が深まる中で、作曲は『トリスタンとイゾルデ』に集中していく。同曲が完成したのは、1859年のことであるが、それはマティルデと破局した1858年の翌年のことである。その後、ルツェルンに居を移して『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が1867年に完成。『ジークフリート』の作曲再開は1868年のことで、中断してから11年が経過していた。『指環』の総譜が全て完成したのは、1874年にバイロイトのヴァーンフリートにおいてであった。

ボン市からのアクセスは トラム66番(Gleis 4)で、ケーニッヒスヴィンター フェーレで降りる。 コブレンツからは DB のRE に乗って55分である。列車は右岸線を走る。

上写真;山頂のドラヒェンフェルス城址遠景。山の中腹のお城はドラヒェンブルクといい、目的の城址とは違うお城である。

上写真3枚;ドラヒェンフェルス城址。不気味な雲の彼方に天上界のヴァルハルがあるのだろうか。

上写真2枚;城址から眺めたライン川。ラインの乙女の護るラインの黄金が眠る。

上左写真;ドラヒェ(竜)と闘うジークフリートの図柄プレートが有った。
上右写真;シェロー演出の1980年バイロイト音楽祭で、ドラヒェと闘うジークフリート。
       DVD の映像をスマホで写して持参し、城址にて撮影した。

上写真;動くドラヒェの模型が有った。

上写真;山の麓から山頂の城址直近まで、1883年に開業した Drachenfelsbahn (ドラヒェンフェルス鉄道)というアプト式鉄道が通っている。線路総距離1520mで、起点は山麓のケーニッヒスヴィンター駅で海抜69m。中間にケーニッヒスブルクの真横にシュロス駅が有り、上下の列車の交換駅になっている。ここが海抜170m。終点はドラヒェンフェルス駅で、海抜289mである。最急勾配は200パーミルである。 城址まで歩いて登ることも可能だが、私は上下ともこの登山鉄道を利用した。写真は中間駅のシュロス駅で撮影。

上写真;1ユーロ(約¥120)で売っていた鉄道会社のマークのピンバッチ。ラック軌道歯車とドラヒェ(竜)のデザインだ。


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Last Updated  2016-07-18