日本!(お神楽)
No.8 上松駒ヶ岳神社太々神楽
撮影場所&日;
   長野県木曽郡上松町、駒ケ岳神社里宮、例祭:
   JR上松駅前、伊勢神宮第62回式年遷宮「御神木祭」:

2005(平成17)年5月3日
同6月5日

駒ケ岳神社は天文三(1534)年七月に、禰宜大徳原長大夫春安が、山頂に保食大神と豊受大神を勧請して奥院とし、山麓に里宮を建立したのが最初と云われる。
毎年5月3日の例祭と6月第三日曜日の駒ケ岳開山式で、太々神楽が奉納されている。
その太々神楽は、氏子の中でも定められた農家の長男に申し送るという一子相伝形式で、里宮神楽殿で舞われてます。

平成17(2005)年は、伊勢神宮第62回式年遷宮に向けた祭典・行事が始まった年であります。ここ上松町は、御用材を伐り出す御用林に定められて、御神器を納める御樋代木(みひしろき)となる御神木を切り出し、伊勢へ奉搬する前にJR上松駅前で「御神木祭」が行なわれました。20年に一度の遷宮という大重儀の記念すべき行事として、御神木の故郷となった上松町で、山々を鎮めて厄除する太々神楽奉納されたことは、誠に意義あることと思います。

ただ、駒ケ岳神社太々神楽を分析してみると、不思議な内容構成に思えました。
まず第一座として【湯立神楽】があり、禰宜さんによる神事が奉納されます。伊勢流神楽とも云われる湯立てに全ての舞のテーマが収束するかと思えば、問答形式の出雲流の神能を連想させる舞(例えば第十一座の大宝舞)があるなど、混在してます。
三信遠のお神楽研究で井上氏は、花祭は舞が一つの体系を編み出すような形で構成されているが、近隣の霜月神楽は湯立神事に従属した形で舞が存在すると記されてらっしゃいます。つまりクラシック音楽に例えるなら、交響曲形式が花祭、霜月神楽は組曲、そしてここの太々神楽はヴィンナ・ヴァルツ集かと思います。

今回のUPは、里宮での例祭と御神木祭の写真を組み合わせてUPしました。宜しく御高覧下さい。

《参考文献》【霜月神楽の祝祭学】井上隆弘;岩田書院
【鬼がつくった国・日本】小松和彦、内藤正敏;光文社
上松町観光協会発行パンフレット


上左;JR上松駅前に御安座される御神木。天照大御神を現す「太一」の御旗が翻る。
上中;駒ケ岳神社里宮付近の風景。
上右;御神木祭では、伊勢神宮を分祀した神明神社の神楽保存会による【浦安之舞】も奉納されました。その舞子さん。

上左;湯立ての釜。
上中;立願、例えば家内安全・子孫繁栄などを願うと舞が舞われて、湯立ての湯が掛けられ清められる。
上右;拝殿横での第一座【湯立神楽】。湯笹で湯を周囲に掛けて清める。

上左;第四座【神代御弓舞(かみよおんゆみのまい)】弓弦(ゆづる)を鳴らして悪魔退散をさせる舞。奈良時代から呪術では『蟇目(ひきめ)の法』といって調伏、怨霊鎮めの法があったらしいし、宮中でも同様な呪術が『鳴弦の法』といってあったそうで、同様な内容を持つ舞と思われます。
上右;第二座【御神入舞(ごしんにゅうのまい)】五穀豊穣・養蚕安全などを祈願する舞といわれるが、大きな榊に顔を埋めて神楽殿を四方に走る様は、あるいは昔には神懸りの舞であったかもしれない。

三枚とも、第七座【四神五返拝(ししんごへんばい)】反閇を強烈に踏み地の悪魔を祓い、高く飛翔して天の邪霊を祓う舞。
上は里宮の例祭で、下二枚は御神木祭で撮影。


第十一座【大宝舞(たいほうのまい)】二神による問答の舞で、天狗は大宝といって諸神を統べる神といわれる。一方の曾儀(ぞうぎ)は国津神の化現と云われて、二神が国造りなどの問答をします。

上左;第六座【豊年神子舞(ほうねんみこのまい)】烏帽子、狩衣装束の四人が二本の扇で舞います。
上右;第十二座【三剣舞(さんけんのまい)】三人の神楽司が持った刀を、アクロバティックに飛んだり潜ったりして舞います。

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Last Updated  2005-11-29