日本!(お花祭)
No.6 川合『花の舞』
撮影場所&日;静岡県浜松市佐久間町川合・八坂神社、 平成17(2005)年10月29、30日

上左、拝殿が神部屋となり、御神前で榊鬼の面を着ける。
上右、神棚に並ぶ面、そして案に湯立後に献じられた湯桶がある。

佐久間町には三箇所に「花の舞」が伝承されています。愛知県になりますが、お隣町の東栄町をはじめとして豊根、津具の「花祭」と同系列の湯立神楽です。
今年の「花祭」「花の舞」の中で一番最初に開催される、川合の「花の舞」を撮影してきました。「花祭」撮影は昨年からで、撮影初年度でしたから記録性を重視し撮影しましたが、二年目となる今年は、自由度の高い表現が狙えたら、と思ってます。
川合「花の舞」は、15:00時の『地固め』から、翌朝の03:30時からの『湯上げ』までの13時間に、20の演目が奉納されました。
佐久間町の今田「花の舞」は、寛政11(1799)年に佐久間町の山室から伝えられたそうですが、川合に関しては詳細がわかりません。
川合「花の舞」の舞庭は、八坂神社境内にありますが、この神社は西向きに立っていると現地で聞きました。後日、佐久間町の役場へTELして尋ねたところ、ご親切に氏子総代さんにお問い合わせ下さり、返事が頂けました。やはり神社は西向きで、「花の舞」が来た大入川方面の、今は無き熊野神社に向いているそうです。えっ?!八坂神社なのに熊野神社向き?熊野神社の御祭神である櫛御気野命は、須佐之男命の別名とされてますし、八坂神社の御祭神も須佐之男命ですから、同一性はありますが、、、。大入川沿いの熊野神社ではなく、遠く京の八坂神社向きとした方が納得いきますけど、、。
さて、境内の舞庭ですが、一見して変形配置だとわかります。現在の「花祭」では、竈と神座の間の広いスペースが“釜の前(本座)”、そして脇が“釜のくろ”と云いまして、“釜の前”に奏楽する“神座”が存在します。が、川合では“釜のくろ”に“神座”が配置されてます。としますと、舞庭や舞を律する東西南北中央の“五方式”も変わってくるのではないでしょうか。。舞子も舞に入るのに、“釜の前”の左角からが花道となります。ただ、ここの「花の舞」が今は無き大入集落方面から伝承されたのなら、昭和35年に廃村となった大入集落での昭和16年における「花祭」の祭場配置(【東栄町誌〜伝統芸能編】P.541)と一致しており、興味深いものがあります。もし「大入集落」の「花祭」の配置まで模したなら、今は無い「大入花祭」が部分的にここで生きていることになります。そのことは想像に過ぎませんが。
演目数は20になりますが、舞の前後の神事は欠いています。舞の最後に『湯上げ』があって、神官姿の花太夫が湯立をして、湯は八坂神社の御神前に献じられます。井上氏は、「花祭」の湯立は、それに続く『花育て』との関連から、“浄土入り祈願”の逆修儀礼と述べられています(井上隆弘著【霜月神楽の祝祭学】岩田書院)。ですが、川合では、湯が御神前に献じられて終わり、「花祭」のように舞の後の結界を切ったり鎮めを行なうなど神事に欠けています。舞だけが突出しており、湯も「花祭」とは異なって御祭神の為の神威更新や、秋の収穫感謝の祭に変形しているのかもしれません。


【ボーズカの三ツ舞】いわゆる「やち」を使った舞です。


【榊の三ツ舞】「扇の手」の代わりに、榊で舞う。

上左右【花之四ツ舞】八坂神社の御祭神は牛頭天王であるが、神道では須佐之男命、そして仏教では薬師如来と習合している。舞子の千早の背には、薬師如来の持物の薬瓶が描かれている。


【花之四ツ舞】

上左【金山の四ツ舞】剣による、破邪の舞。
上右【おかめ】いわゆる「おつるひゃる」で、味噌塗りがある。


【山見鬼】


【山見鬼】


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Last Updated  2010-01-01