日本!(雅楽・舞楽)
No.24 桑名御遊 (多度雅楽会)
撮影場所&日;三重県桑名市字桑名 六華苑、 平成19(2007)年11月25日

桑名は江戸時代中期の松平定信公の頃より、雅楽が盛んで継承されてきた。「多度雅楽会」さんにおかれては、その地元の芸術を伝承するだけでなく、郷土を愛する心から地元への貢献をも目指して稽古に精進されてらっしゃる雅楽会である。
その多度雅楽会さんの演奏会『桑名御遊』が、鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドル氏による和洋館の歴史建築、六華苑の池泉回遊式庭園前芝生の庭にて行われたので、拝聴・撮影してきた。
舞楽の演目は下記の通りであった。
振鉾【陵王】【落蹲】【延喜楽】【還城楽】【萬歳楽】【春鶯囀】【迦陵頻】【胡蝶】【散手】【貴徳】長慶子
小春日和となって寒さも一服、素晴らしいロケーションに舞と楽で、たっぷりと楽しませて頂き、感謝!

     《参考HP》多度雅楽会

上左写真【蘭陵王】、上右写真【納曽利(落蹲)】

上写真【還城楽】

上左写真【萬歳楽】、上右写真【延喜楽】

上左写真【迦陵頻】、上右写真【胡蝶】

上写真【散手】

上左写真【散手】、上右写真【貴徳】

上写真【貴徳】

舞台となった六華苑について;
先日、送られてきていた JALの情報誌【Agora】12月号 をペラペラ捲っていたら、11月25日に舞楽《桑名御遊(多度雅楽会)》を拝聴した会場となった旧諸戸清六邸(六華苑)の記事が、『花見の塔』として載っていた。
初代諸戸清六氏は桑名の港に集散する米の相場で江戸時代末期に急成長した事業家であった。三井や三菱に匹敵する大財閥へと成長途中に急逝し、継いだのが四男の清吾氏であった。やがて二代目諸戸清六として襲名後、この邸宅を建築した。設計は鹿鳴館やニコライ堂を手がけた英国人のジョサイア・コンドル博士であった。添付写真のアングルでは見えないが、北東には四階建ての円柱形塔屋がメインの建物に付随して建っている。当初は三階建ての設計だったのを、諸戸清六氏が四階建てに変更したのだという。何でも、四階建てにして最上階から揖斐川に広がる桜並木を鑑賞するためだったらしい。この桜並木は、初代が植樹を行い、更には上水道や消火栓の整備など、桑名の社会事業にも私財を投じたそうである。この洋館は明治44年に着工し、竣工は大正2年である。添付写真で見えるベランダは多角的に張り出し、太陽の位置でいろんな表情を見せるという。そして二階は、広いサンルームのガラス窓が並んでいる。


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Last Updated  2008-07-03