日本!
No.31 伏見稲荷大社 田植祭
撮影場所&日;京都市伏見区、平成19(2007)年6月10日
撮影機材;Nikon D70s+80−200mmF2.8D、D80+VR18-200mm

上左写真;稲荷の山奥へ続く無数の鳥居。稲荷神と東寺密教の茶吉尼天(ダキニテン)が習合する、異界への入り口だ。
上右写真;花菖蒲の咲く前をゆく巫女さん。

花菖蒲が可憐に、斎田横の池に咲いていた(上右写真)。縄文時代末期には稲作が始まっていたらしいが、暦の無い頃は、各種の花々の開花が農耕の指標の一つであった。特に梅雨の頃に咲き始める花菖蒲は、田植の目安となった。暦の確立は古代律令制下で、陰陽師が属していた陰陽寮が白鳳時代(676年)に設立され、天体の動きから暦を作成する暦道ができあがった。やがて陰陽道は国家体制に組み込まれ、大宝律令(701年)で皇室の年間の祭りの神祗令が制定されるにも、大きな役割を持ったであろう。農耕国家体制の中央では早くから暦は一般的でも、地方の民が田植えをするのに暦がどの程度役に立っていたか、それは想像するしかない。しかし視覚的で安直に分かり易い花の開花が、各季節の生活リズムの指標の一番の目安であった可能性は、近世まであったのではなかろうか。これまでUPした民俗芸能でも、“花”はキーワードとなっている祭りがある。静岡県の『藤守の田遊び』で、頭の上に花の飾りを乗せて舞う「猿田楽」は、桜を表わしているという。桜の満開は、稲の実り豊かな予祝だという。京都の『やすらい花(祭)』では、桜の散る頃は疫神が跋扈するから鎮めるのだという。散ることは季節が変わり疫病が出易くなる不安と、散ること自体が不吉なのだろう。桜の花の開花を見て、民は野で田植えの準備を始める。そして花菖蒲の開花で田植えである。
『田植祭』が斎行される斎田の横に咲く花菖蒲、、、多くのことを示唆しているようであった。

上右写真;辛櫃から早苗を取り出す。

上写真三枚;祭場で神楽女が御田舞を奉舞し、斎田では田植が行なわれる。


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Last Updated  2007-06-14