日本!(オコナイ)
No.21 上丹生のオコナイ
撮影場所&日;滋賀県長浜市余呉町上丹生(元、伊香郡)、平成22(2010)年1月10日

丹生コミュニティセンターに午前7時40分頃に到着、8時頃からだと思っていたら、もう既に杵はだき が終わりかけている処であった。お餅搗きは午前5時20分頃から始まっていたらしい。それから八幡神社さんと氏神様の丹生神社さんに奉納する大頭(御鏡餅)の荘厳と、祭壇の準備である。午前10時半からその祭壇前で 搗き上げの儀と盃の儀が行われてから、まづ八幡神社さんへ奉納の社参である。丹生神社さんへは、午後2時に出発し社参が行われた。
上丹生には約5人(軒)で構成された組が22組あって、順番に施主そして次が受頭と、順番に頭主となる。以前はクジで選ばれていたが、クジは現在行われていない。大頭(または大搭=鏡餅)は丹生神社さん奉納用が一斗五臼で、八幡神社さんが二升一臼である。小さくなったそうだが、丹生神社さんへは四人が御輿型で担いで社参されるほどに大きい。大きいお鏡餅であるから、型枠から盛り上がった部分には縄が巻いてある。特に型枠を神聖視するとか、縄をエビと呼ぶとかは無いようである。大塔に御幣を乗せるから、それが依代となり、型枠が依代でないからであろう。
上丹生のオコナイの特色は、行列の先頭をヌカマキと云って、篭に入れたヌカを祓いに撒きながら進むことである。そして丹生神社拝殿での祭典では、神主さんが大頭(御鏡餅)と氏子さんの額に、版捺しと云って長さ20Cmくらいの棒で赤土を練った朱を押していくのである。これは牛玉宝印であるが修正会・修二会がルーツのオコナイらしくもあり、あるいは神社ならば熊野大社からの影響も考えられる。牛玉宝印は元は寺院で、やがて神社へと広まっていったが、それは戦国時代に熊野大社の護符に起請文を書いて、神仏に誓約を誓うような形であった(※)。御鏡餅に薬師如来の梵字を墨書きして仏力を内包させた御鏡を集落民が分け合うのは、古橋のオコナイ でもUPしている。そして牛玉宝印を額に捺すのは、市原のオコナイ でもUPしている。額に捺されることで個人個人の無病息災を祈願しているように思えるが、同じ牛玉宝印を廻し捺すことで、集落民の結束の証としての効力もあったのではないかと思う。
雪景色の中で、素晴らしいオコナイを拝見できたことを嬉しく思う。
上丹生の皆様、どうもありがとうございました。

(※参考文献)【熊野大神】加藤隆久;戎光祥出版

上左写真;杵はたけの餅。子供達が小枝に搗き上がったお餅を絡めて持ち帰る。
上右写真;大搭(丹生神社奉納用お鏡餅)


上写真3枚;搗きあげの儀。盃の儀。

上写真;八幡神社に社参。


上写真2枚;丹生神社へ社参。ヌカマキ、大頭、神籠、神主さん、施主さん、笛・太鼓・鉦などの行列。

上左写真;丹生神社での祭典。上右写真;版捺しの牛玉宝印の準備。

上左右写真;大搭と氏子さんに神主さんが版捺しする。

上写真;降納され、集落へ帰る大搭。


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Last Updated  2010-02-02