日本!(近江の祭・火祭)
No.57 昔話
■ びわこ ができた話
上写真;琵琶湖 (長浜市大島町 ; 2019年07月 撮影)

琵琶湖が出来る前の大昔、ここには怠け者しか住んでいなかった。天の神様はそれを 見て 大いに怒られた。すると世の中が真っ暗になってしまった。 暗闇の中で、不気味で大きな音がしたと思ったら大きな柱が立った。 その柱が抜けたら明るくなったが、柱と思ったのは天の神様の足だったのだ。 天の神様は「よいしょっ」と足を持ち上げられたら、その足の跡に、何処からともな く水が流れてきて、大きな湖になった。だから琵琶湖は、足の形をしているのだ。

発想がスペクタクル、奇想天外で楽しい昔話だ。 近江は「淡海」とも書いた。写真は、本当に海のようだ。


■ 目検伽(メタテカイ) (長浜市平方町 ; 2019年07月 撮影)
上写真2枚;平方天満宮社殿と犬塚。

毎年 この天満宮に、娘を人身御供(生贄)に供える習わしが有った。 或る時、勇敢な若者が成り行きを見届けようと大木に隠れていると、琵琶湖の水面 から妖怪が現れてきた。妖怪は「平方のメッキに言うなよ」とブツブツと呟いてい た。 若者が村の民に、メッキとは何かと訊ねたら、それは富豪の家で飼われている目検伽 (めたてかい)と云う犬だという。翌年、メッキを借りてきた若者は、生贄 を捧げる夜にメッキと共に、生贄を喰らいに来る妖怪を木陰で待った。 やがて琵琶湖から現れた妖怪とメッキの格闘が始まった。妖怪は退治されたものの、 メッキも傷ついて死んでしまった。 この妖怪の正体は、カワウソだったという、、、。

この昔話を知った時、長浜の妖怪と生贄奇譚に狂喜したものだ。 しかし、、、どうやら同様の昔話は、「早太郎伝説」とか「しっぺい太郎伝説」ある いは 「猿神退治」として、各地に類似の話が有るようで、それはそれでまたまた驚いた ( 芸北神楽の演目にもなっている「岩見重太郎」も、同様な 猿神退治である。) 長浜の平方天満宮の奇譚を知った時、まさに目の前の琵琶湖から現れる妖怪の存在 が、 その土地固有の奇譚であるかと思ったのに、各地に類似の奇譚が有って、それを長浜 の 平方に当て嵌めただけかと思えば少々 残念に思えた。 しかし別の疑問も 出てきて、興味は広がる。何故、長浜の平方町にその奇譚が生まれて伝承されたかと いう疑問だ。 そして、このような昔話は、いかにして各地に広がっていったかという、疑問もあ る。  長浜は琵琶湖湖畔の港町であった。いろんな人の出入りや交易で、他所の話が伝わっ ていき 易かったのであろうことも一因だろうか。 現在、平方町は工場や新興住宅地になっており、昔から住む老人にでも昔話を訊いて みたいが、 ままならないかもしれない。

添付写真は、平方天満宮にて。 参拝に来ていた女性にお願いして、生贄のモデル (?) になって頂いた(感謝)。 撫でている石は「犬塚」と云って、メタテカイのお墓だ という。 メタテカイの歯の強さにあやかって、石を撫でた手で歯の痛い処を触ると、痛みが止 まるという。

(※ 芸北神楽の猿神退治である「岩見重太郎」


■ 菊石姫 目玉石 (長浜市余呉町川並 ; 2019年08月 撮影)
上写真;目玉石。湖の水神(龍神)を祀るゆえ、注連縄と紙垂に御幣で祀られている。

上写真;静かな余呉湖。

上写真;桐畑太夫の館跡地と伝わる辺り。

余呉町川並の南辺に、桐畑太夫という都からの落人が住んでいた。弘仁二(812)年 の春の終わり、 菊石姫という一人娘が生まれた。しかしこの娘は7〜8歳になると、次第に蛇の姿に なっていった。 太夫は家に置けぬと、納屋に幽閉してしまった。それを憐れんだ下女は、こっそりと 自分の 食べ物を持って行ったりしていた。やがて18歳になった頃、菊石姫は納屋にもおれぬ と、余呉湖 入って行ったが、その折に世話になったお礼にと下女に片目を引き抜いて渡したの だ。 この目玉は万病に効いたり願いが叶う、という噂が殿様の耳に入り、その片目だけで なくもう片方 も差し出すように、下女を責めた。たまらぬ下女は余呉湖で菊石姫を呼び事情を話し て、もう片方 の目玉も譲り受けた。菊石姫が目玉を投げた時に石に当たって、痕が付いた。それが 目玉石である。 菊石姫が盲目となり、晴天の日でも余呉湖は底が見えなくなった。 両方の目を失った菊石姫は、盲目となって時を知ることもできなくなったから 湖水 の四方にお堂を 建てて 時を知らせる鐘をついて欲しい、と下女を通じて太夫に頼んだ。太夫は菊石 姫を案じ、お堂を 建てて鐘をつかせたという。

この菊石姫の話には違う話もある、、、 余呉湖湖畔の村々では旱魃が続き、村人は塗炭の苦しみだった。菊石姫はそれを見か ねて、 自ら人身御供となって雨を降らそうと思った。余呉湖畔で祈りを捧げて湖に入ると、 菊石姫の 姿は蛇となり、黒雲が湧き出てきて大雨が降り初めて、田畑の作物も息を吹き返し た。 蛇となった菊石姫は長年育ててくれた乳母に、礼に病気の薬にと、片方の目玉を抜い て投げた。 目玉は石に当たって痕がついたのが、目玉石である。 以来、菊石姫を湖神として崇め、旱魃時に菊石姫に祈りを捧げると、雨が降ったとい う。

男と結婚した娘が実は蛇(龍神)で、二人に生まれた子供をあやすために片目を与え て 琵琶湖に入って行った。不思議な龍の目玉のことを聞いた殿様が、もう一方も差し出 す ように強制し、男は湖で龍に頼んでもう片方の目玉を貰う。しかし盲目となって刻も 判らないので、三井寺の鐘をついて欲しい、と龍が云ったので、男は一生懸命に三井 寺 の鐘をついた、、、 という昔話がある。 菊石姫が龍神で、目玉を差し出したこと で 盲目となり、刻を知るために鐘をつかせる、という話に瓜二つである。

龍神の目玉、あるいは珠は呪力の有るアイテムとしてしばし登場する。 菊石姫の話も三井寺の鐘以外に、類型が他にも有る可能性がある。


■ ビワくい水 (長浜市南浜町、大浜町 ; 2019年06月 撮影)
上写真;姉川。

琵琶湖の傍の村の事、、、ある夏、雨が全く降らないため、田も畑もカラカラになっ てしまった。 村人が心配している時のこと、ある村の男が「あのいかい(大きい)蛇に頼まなあか んな。雨を 降らしてくれたら、娘をやるから。」と云ったら、ぎょうさん雨が降って田も畑も生 き返った。 やがて川の方に行った娘がいなくなってしまった。男は、蛇との約束をすっかり忘れ ていたが、 ひょっとして蛇が連れて行ったのかと、約束を思い出した。それを聞いた母親は娘が 可哀想で、 毎日 川を見て泣きながら、せめて娘の好きだったビワの生る頃には一年に一回でも いいから 戻って来てくれ、と願った。ビワの生る頃には毎年、川に水が一杯になるほど雨が降 るように なったことから、村人は川の水を見ては「娘がビワを食べに戻ってきている。」と話 したものだ。 それから6月の終わり頃に出る大水を、「ビワくい水」と呼ぶようになったという。


■ 犬上川の人柱 (彦根市甘呂町 ; 2019年08月 撮影)
上写真;犬上川の甘呂町近く。花火を楽しむ火が、迎え火のように見える。

甘呂町では犬上川がよく氾濫して、田畑や家まで押し流したものだ。村人はせっせと 堤防普請を 行ったが、洪水は龍神様の祟り、と話していることが庄屋の耳に入った。庄屋にはお 丸という 娘が居たので、村人がお丸に人柱になって欲しいのだと思った。しかしそんなことは 出来ない 庄屋は、より強固な堤防普請を目指した。しかし或る時、大雨でその堤防に亀裂が 入って 決壊目前となった。とその時、お丸は やはり洪水で亡くなった母の形見のかんざし を頭にさし、 龍神に村を救ってくれるように祈って、荒れ狂う川に身を投げた。すると荒れていた 川は 穏やかになり、堤防の決壊もまぬがれた。以来、犬上川の堤防は決して切れることが なくなった という。

「ビワくい水」の昔話と同様に、人間の娘が蛇(龍)と異類婚し、雨(水)をコント ロール しようとする話が、実に多い。異類婚が、すなわち生贄とか人柱の話として伝えられ ている。


■ かめが辻の灯籠 (長浜市北之郷 ; 2019年08月 撮影)
上写真;夕日の「かめが辻灯籠」。

「かめ」という名前の老婆の乞食が、北之郷の辻に住んでいた。優しい顔をした乞食 なので、 村の住人は残飯などを与えていた。しかし必要以上に感謝をする老婆に、いつしか残 飯だけで なく、要らなくなった日用品まで与えていたので、老婆の家の周りはそれらがうず高 く積み上げ られていた。老婆の死後も、その家の辻に要らない物を捨てていたので、腐敗して悪 臭がする など酷い状態となった。村の若衆は総出で、それらゴミを片付けて「かめ」婆さんの 家の跡を 整備して灯籠を建て、老婆を供養することにした。やがて立派な灯籠が建つと、誰か らともなく その灯籠を「かめが辻の灯籠」と呼ぶようになった。



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Last Updated  2019-09-08