ドイツ語圏(音楽・観光)
No.K-4 作曲家 ( ボン ) 2016年
Nr.K-4 Der Komponist in Bonn  im Jahre 2016

■2016年4月28日 撮影

■ Ludwig van Beethoven (1770 - 1827 ) ベートーヴェン

Bonngasse 20.D-5311 にベートーヴェンが生まれ、1792年に選挙候の援助を受けて ウィーンのヨーゼフ・ハイドンの元で勉強に出かけるまで過した家がある。ルート ヴィヒは1770年12月16日(又は17日)に、ヨハン・ファン・ベートーヴェンとマリ ア・マグダレーナ・ベートーヴェンの第二子として生まれた。ルートヴィヒの生まれ た家は1889年に取り壊しの危機に有った時にベートーヴェン協会を有志12人が設立 し、現在はベートーヴェン ハウス協会が管理している。展示室は11室および生誕の 部屋に分かれ、ボンとウィーン時代のコレクションから150の文書類が展示されてい る。むろん使われたピアノに木管楽器に楽譜や書簡などだけでなく、興味深いのは補 聴器の実物が展示されていることである。補聴器も4種類ほどが並び、その補聴器を 使っても聞こえないため、会話帳というメモ帳が残されている。死の12時間後にとら れたデスマスクもあるが、1820年にヨーゼフ・カール・シュティーラーが描いた楽譜 を持つ精悍な表情のベートーヴェンと異なり、やつれた顔貌がもの悲しい。
※館内は撮影禁止である。

上左写真は、ボン市ミュンスター広場のベートーヴェン像。生誕75周年にリストの提言で建立され、1845年8月12日の除幕式にはプロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世、英国ビクトリア女王、ベルリオーズなど多くの著名人が参列したという。 像の背後は郵便局。昔は司教館だったという。
上右写真は、ベートーヴェン生家の庭にある、Naoum Aronson(1872-1943)による像。


上左写真;Alter Friedhof (旧墓地)の、ベートーヴェンの母親マリア・マグダレーナ・ベートーヴェンのお墓。墓石は後世の造立である。
上右側;ベートーヴェンの第九交響曲「歓喜の歌」を書いたシラーの妻シャルロッテのお墓。シラーの息子の家族によって建てられ、息子と共にシャルロッテも埋葬されている。


■ Robert Schumann und Clara Schumann ロベルト・シューマンとクララ・シューマン

ロベルト(1810年6月8日〜1856年7月29日)
クララ(1819年9月13日〜1896年5月20日)

1904年以降、ボン市に合併されているが、当時は Endenich (エンデニッヒ)という自治体だった町に、ロベルトが入院し没した精神病院が残っている。シューマンは1854年2月27日にライン川に投身自殺を図るが未遂に終わる。3月4日には、この病院に搬送されて入院する。クララが訪れるも病状に悪影響との理由で、面会は叶わなかった。やっと面会できたのは1856年7月26日のことで、ロベルトの命が燃え尽きようとしていた時であった。3日後、ロベルト死去。享年46歳であった。

ロベルトとクララの墓がボン市内の Alter Friedhof にある。1880年5月2日の日付があるので、ロベルトの死後に「Von seinen Freundem und Verehrern (友人および崇拝者一同)」によって建立された墓石である。その墓石の建立はクララ存命中の建立であったが、クララの遺言によって一緒に埋葬されている。

上写真2枚;Schumann-Haus (シューマンの家)
シューマンが晩年に入院していた精神病院が保存されている。一階は図書館であるが、二階にはシューマンの資料が展示されている。入場無料で撮影可能であった。

上写真;Alter Friedhof のシューマン夫婦の墓所。
Leipzig (ライプツィヒ)のシューマンは こちら

上写真;シューマンの交響曲第3番「ライン(Rheinische)」。シューマン自身が命名したわけではないが、一応“ご当地物”としてUPした。例えばリヒャルト・シュトラウスによるアルプス交響曲のような風景描写ではなく、シューマンの心象風景だから、曲からラインの流れを想像するのは難しい。デュッセルドルフで1851年2月6日にシューマン自身の指揮で初演されている。3年後にラインに身を投げ、さらに2年経ってラインの町で没するとは、シューマンの末路を暗示している。聴くなら、壮重なチェリビダッケの指揮で。

ところでシューマンとワーグナーは活躍期間がある程度重なる。シューマンはワーグナーの作品思想にも人物にも共感できなかったようだ(※)。シューマン宅をワーグナーが訪問した時、ワーグナーは一方的に持論をまくし立てたようだ。静かでいて熱い心を持つ寡黙なイメージのシューマンと、迸る情熱を抑えることができないワーグナー、水と油のような二人の会話だったような気がする。
(※)「批判者の鏡に映ったワーグナー(西尾稔)」〜サントリー音楽文化展書籍P.138〜143。


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Last Updated  2016-06-20